五、一騎当千! キグルミオン! 13
朝日がカーテンの隙間から差し込んだ。謎の茨状発光体が昼夜を問わず照らす今の空。そんな状況においても、日の出の光はやはり夜のとばりを鋭く切り裂く。
「ん……」
その朝一番の陽光を受けながら、動物の腕がグッと力を入れて伸ばされた。
それは実際には着ぐるみの腕だ。簡素なベッドの上で動物を模した着ぐるみパジャマの袖を伸ばし、眠たげな目の少女が更に眠たげに目を開ける。
リスの着ぐるみパジャマを身にまとった須藤美佳だ。美佳はヒトミのいかにも安アパートという部屋の、とりあえずベッドという寝床の上で目を覚ます。
美佳はあくびを挙げながら周囲を見回す。寝起きで最初は自分がどこにいるのか分からなかったのだろう。美佳はベッドの向こうにヒトミの背中を見つけると、安心したようにもう一方の腕の中のコアラのヌイグルミを抱き寄せた。
抱き寄せられたコアラのヌイグルミ――ヌイグルミオンのユカリスキーが苦しげに、それでいて楽しげに手足を自らばたつかせた。
ユカリスキーが一通り手足を動かし終わると、美佳は身ごと丸めて抱き寄せる。二度寝の体勢に入った美佳の足先では、ウサギの着ぐるみがベッドの上で脇に避けられていた。美佳の動きにつられてそのウサギの着ぐるみがベッドからずり落ちた。
「にゃ……にゃにゃにゃにゃ……」
滑り落ちてくるウサギの着ぐるみをを背に、猫の着ぐるみパジャマを着た仲埜瞳がうなっていた。猫の着ぐるみパジャマを着ているせいだろう、ヒトミのうなりはどこか猫めいた声で出される。
ヒトミは床に直にお尻を着いて座り、プラスチック製の質素な衣類ケースの中身をひっくり返していた。着替える服を選ぶのに手間取っているようだ。
狭い部屋の床にヒトミの私服が並べられていた。いや、並べられているというよりは放り出している。ヒトミは一つの服を取り出すと、しばらく眺めた後に床に放り出してしまう。
「ねえ、美佳」
「うにゃ……」
ヒトミが軽く後ろを振り返って呼びかけると、美佳は返事とも寝言とも区別のつかない声を返してくる。
「ねえ、美佳ってば。起きてよ。隊長のお見舞い。何着ていけばいいかな?」
ヒトミは前に向き直って服選びに戻る。ヒトミの手元から肌着を含めた衣類がぽんぽんと飛び散らかっていく。
「見舞い……知らない……うにゅ……」
「もう。久遠さんから見舞いに行くって連絡きたって、美佳が言ってたんじゃない? ほら、許可出たから。隊長を元気づけに、皆でお見舞いに行くって言ってたでしょ?」
「ぐぅ……そうだったかな……でも、何でもいい……服なんて……」
美佳はまだまだ眠いのか、リスの着ぐるみパジャマの身を更に丸めた。
「ちゃんとした格好した方がいいって、言ったのも美佳よ。自衛隊の駐屯地の中にある病院だから。隊長に恥をかかさない為にも、だらしない格好はダメだって」
「ヒトミにおしゃれは似合わない……」
「悪かったわね! そうだけど! 確かにそうだけど! 何かこう……あるじゃない。TKOだっけ?」
「TPO……TKOは、テクニカルノックアウト……」
「そう、それ! PKO!」
「TPO……PKOは国際――」
「どっちでもいいから! とにかく服選ぶの手伝ってよ。私一人じゃ分かんないよ。普段着よりは、制服がいいかな? 普段着でシックなのがあればいいんだけど、持ってないし分かんないよ」
ヒトミは自ら引っ張り出した服を左右の手に持ち、見比べては床に放り投げていった。
「むむ……」
美佳が気力を振り絞るように上半身を起こす。
いつも以上に眠たげな目を美佳はそのまま友人の背中に向けた。片手で己の身を支え、もう一方のユカリスキーを抱いた腕で目をこする。腕の中のユカリスキーが美佳の動きを真似て、いつもと変わらないボタンの目を眠たげにこすった。
目の焦点がまだ合わないのか、美佳はぼおっと友人の背中を見守る。その猫の着ぐるみの背中はせわしなげに動いている。だがその動きにの割に問題が解決している訳ではないようだ。床に散らばる服だけが増えていく。
「ほら、起きたんなら。服見てよ。元より大したモノ、ないんだけど」
「ん……」
「ねえ」
「うぅん……ヒトミ……」
ようやく起きる気になったのか、美佳が今まで一番力の入った声で呼びかける。
「ん? 何?」
だが美佳は振り返ったヒトミと目が合うと、
「そのままのヒトミが素敵……」
そう言い残してあっさりと再度ベッドに沈んでしまう。
「もう! 何かいいこと言ったみたいな、満足げな顔で寝ないで! てか、これ! 着ぐるみパジャマだから! 普段着どころか、寝間着だから! このままお見舞いに行ったら――ん?」
ヒトミはそこまで友人に抗議の声を上げ己の身を見下ろすと、
「……お見舞いは、元気づける為に行くだんもんね……」
ずり落ちていたウサギの着ぐるみを見て何やらつぶやいた。
改訂 2025.08.09