五、一騎当千! キグルミオン! 11
朱に染まる陽が窓からのぞき、白衣の女性の横顔を照らしていた。傾いた夕焼けが窓いっぱいになっている宇宙怪獣対策機構。その中で桐山久遠は白衣の肩を小刻みに上下させ、一心に情報端末に指を走らせていた。
「もう陽が傾いてる……いろいろあり過ぎて、通常業務が片付いてないってのに……よっと!」
久遠はまぶしげにその自慢のつり目を細めて、向かい合っていた端末のモニタの角度をいじった。モニタにまで写り込んでいた夕日。久遠はモニタの角度を変えることで、その照り返しを避けた。
「宇宙怪獣襲撃報告書終わり! 空飛ぶ宇宙怪獣にも我らがキグルミオンは有益よ――と! 送信、送信! ん? メッセージ? 自衛隊から? 来たわね!」
久遠がモニタの一角を指差した。モーションセンサでもついているのか、その仕草に反応してメッセージが表示される。
「『面会許可に関しまして』ね。遅いわよ。どうせ大した情報も引き出せないくせに、じらしてくれちゃって。えっと、『謹啓。大暑の候。貴宇宙怪獣対策機構の皆様におかれましては、益々ご盛栄のこととお慶び申し上げます――』はいはい。お固い文章ですね。書いた人の顔が想像できちゃうわ。で、結論は事務所に直接くれば、面会時間内ならいつでも面会可能ですっと。結局普通の入院じゃない? 腹立つわね。まあいいわ。ヒトミちゃん喜ぶわ。美佳ちゃんに転送して……ん?」
久遠がモニターに身を乗り出した。
「『なお、本件の責任者は私、刑部となります。私は坂東士朗氏の個人的ユージンであり、色々と容態を見ておりますので――』。急に文章がおかしい……『友人』に『看て』でしょう? そりゃ看病してる訳じゃないでしょうけど……『ユージン』が『見て』ね……こんなお固い文章書く人が、この程度のミスする訳ないわ……」
久遠は何やらつぶやくと端末に指を走らせた。
「なるほど……自衛隊内のサーバを使わないアドレスが連絡先になってるわ……個人的に連絡が欲しいのね……了解っと……」
久遠は白紙のメッセージ欄を表示させると、指を準備運動よろしくバラバラに動かした。
「さて、『宇宙怪獣対策機構桐山久遠です。この度の件、宇宙怪獣対策機構を代表してお礼申し上げます。私、桐山は本機構の技術責任者でもあり、医学博士号を持つ医療責任者でもあります。つきましては坂東の怪我の経過を数値で観測させて頂きたく、事前にデータを送信して頂ければ幸いに存じます。この観測で問題がありましたら、個人的にユージンである刑部様にも見ていただきたく――』。こんなもんで意志が伝わってるのは分かるでしょ。あとは体裁を整えて……」
久遠は慣れた手つきで入力していく。だがその手が途中でピタリと止まる。
「ええっと……時候の挨拶とか、結びの言葉とか……やっぱ要るわよね……よく分かんないのよね、あれ。てか、どこ調べりゃいいのよ……きぃ! メンドクサイわね! ビジネス文書は!」
久遠は急に頭を掻きむしると、
「いいわ。コピペすれば」
元の文章の『謹啓。大暑の候』以降をカーソルで選択し始めた。
「断固! 断固拒否する!」
半目をかっと見開き、珍しく美佳が大声を張り上げた。ヒトミのいかにも壁が薄い部屋で、実際にその壁を震わせるように美佳はヒステリックな声を上げる。
美佳はユカリスキーを抱き締めて、座テーブルの向こうでブルブルと震えていた。それだけで床も一緒に震えそうなやはり安普請のアパートの一室だ。
「何で? パジャマ貸してあげるって、言っただけでしょ? 泊まっていくんでしょ?」
テーブルの反対側で、ヒトミが眉間にシワを寄せいた。ヒトミは持ち上げたマグカップを途中で止め、怪訝な表情で美佳を不思議そうに見つめる。
「確かに……友人の家での、お泊まり会……女子力アップの為に、パジャマな会話は外せない……本来ならパジャマを借りて、一晩中縫いぐるみトークに花を咲かせたい……」
「いや、一晩中ヌイグルミについて、語り明かしたりしないから」
「だがしかし……ヒトミのパジャマは、アレに決まっている……」
美佳の内心の恐怖を代弁したのかか、ユカリスキーが両腕を口元に持ってきて恐ろしげに震わせた。
「そうよ、アレよ。何で、そんなに怖がるのよ?」
「やっぱり、着ぐるみパジャマ……」
美佳がごくりと息を呑んだ。
「イエス! 着ぐるみパジャマ! 貸してあげるって!」
「――ッ! 死ぬ! あんなの着て、寝たら――」
美佳がかっと目を見開き、ベッドの上に目を転じた。
「熱中症で死んでしまう!」
美佳が恐怖におののき、ユカリスキーが絶望に震えた。
ベッドの上にはウサギの着ぐるみのチャッピーが変わらず鎮座していた。傾きかけた陽の光を受けたそれは、まるっこいそのり身自身に陰を作っている。外観の可愛らしさと相反する、陰鬱な陰がそこには浮かび上がっている。
「あれはさすがにパジャマにしないわよ!」
ヒトミが怒ったように座テーブルをバンと叩いて腰を浮かした。
「そう……」
「そうよ」
「そうね……流石のヒトミも……本物の着ぐるみを、着ぐるみパジャマにはしないか……」
美佳が安堵の息を漏らして肩から力を抜くと、
「しないわ……この間、一度やってみて――脱水症状起こしかけたから……」
ヒトミが顔ごとそっと友人から目をそらし、真っ赤に染まった頬を見せながらつぶやいた。
改訂 2025.08.09