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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
五、一騎当千! キグルミオン!
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五、一騎当千! キグルミオン! 10

「この子はチャッピー。バイトで頑張ってた子」

 壁の写真に帰宅の挨拶(あいさつ)をしたヒトミは、そのままベッドの上に腰を落とす。足を投げ出し腰を放り出すようなリラックスした座り方だ。

 ベッドの上には中身のないウサギの着ぐるみが、壁によりかけて腰掛けられていた。ヒトミはそのチャッピーと呼んだウサギの着ぐるみの肩に手を(まわ)す。そのままいい笑顔で着ぐるみに身を寄せた。ウサギのチャッピーは着古(きふる)され、方々が()れていたり、汚れていたりしている。

 だがヒトミは気にならないようだ。首を(かし)げて顔まで寄せると、(うれ)しげに頬擦(ほおず)りまでしみせた。

「ウサギの着ぐるみ……バイトの子……むむ、ヒトミが最初着てた着ぐるみ……」

 まじまじと壁の写真を見ていた美佳は、その興味深げな視線をそのままウサギの着ぐるみに移す。美佳は胸に抱いていたコアラのヌイグルミオン――ユカリスキーとともに、ウサギの着ぐるみの方に体を向ける。

「そうよ。街のお店宣伝の為に、日夜ビラ配りを頑張ってた子よ。他のどの子よりも多く、道ゆく人にビラを手渡していたわ!」

「むむ……頑張り屋さんのウサギ……」

 美佳がその半目をウサギの着ぐるみに近づける。次いで美佳はユカリスキーの顔をウサギの前まで持ってきた。

 挨拶をさせるつもりだったらしい。この時ばかりはその方が可愛いと思ったのか、自分でユカリスキーの頭をちょこんと下げさせた。

「そうよ! この子の頑張りで、売り上げがアップしたお店が沢山あったんだから!」

「そう……でも、何で……」

「ん? 何、美佳?」

 ようやくチャッピーから身を離し、ヒトミは美佳に目を向ける。

「でも、何で……ここにあるの?」

 美佳が(おのれ)の代わりにユカリスキーをヒトミに振り向かせる。今度も自分の手でだ。

 ユカリスキーのヌイグルミ(ゆえ)(つぶら)らな瞳が、自慢げな顔をしているヒトミに向けられた。大きなボタンでできたヌイグルミの瞳は、その内心の純真(じゅんしん)さの表れのように真っ()ぐヒトミを見つめてくる。

「えっ? それは……」

 無垢(むく)な瞳に見つめられて、ヒトミの笑顔が(こお)りつく。

「いくらヒトミでも……個人の着ぐるみなんて、持ってる(わけ)ない……」

 美佳は今度は自ら顔を向け、戸惑いの表情を見せるヒトミに疑惑の視線を向けた。

「あはは……」

「あっ……笑って誤魔化した……犯罪の匂いがする……」

「いや! 盗んだとかじゃないから! 最初の宇宙怪獣の襲撃があった後にね! あの騒ぎでバイトうやむやになったけど、チャッピーを返しに行ったらさ……」

「……」

「その……バイト先の事務所が文字通り――(つぶ)れてて……」

「ヒトミの以前のバイト先……」

 美佳が持っていたカバンから情報端末を取り出した。そのまま美佳は抱きかかえているユカリスキーに情報端末を持たせる。左手でユカリスキーを支え、美佳は(すべ)るようにモニターに指を走らせた。

「あった……むぅ……ものの見事に被害地域の中にある……」

「でしょ? でね! 会社が潰れた。バイト代が払えないって、社長さんが! ()わりによかったら、チャッピーをくれるって言うからさ! もう! 一も二もなく、もらってきちゃったわよ!」

「普通、邪魔になるだけ……」

「言われると思ったわよ! いいじゃない! キグルミオンのキャラスーツは、持ち出し禁止だし! 部屋に帰った後に、着る着ぐるみがないの問題でしょ?」

 力説したかったらしい。ヒトミがチャッピーの巨大な頭をパンパンと叩いた。

「いや、問題じゃないし……」

「でもでも! 私はあの時からキグルミオンに対して、万全の体勢で望む責任を持った訳だし! 常日頃から着ぐるみになり切る環境は必要かと思ったのよ!」

「『万全』だの『責任』だの……日頃使わない単語を勢いよく(まく)し立てるのは、本心ではそうは思っていない証拠と見た……」

「う……」

 ヒトミがチャッピーの頭を叩いていた手をピタリと止める。

「単にマイ・着ぐるみが欲しかっただけ……」

「ぬ……ぬぬぬ……ち、違うわよ……」

「マイ・着ぐるみ……可愛い……欲しくなる……」

「ぐっ! 違うわよ……」

「違う? この子の瞳にかけて……違うと誓う?」

 美佳がユカリスキーをずいっ前に出した。

「ぐっ……ぐぬぬぬ……」

 ボタンでできた瞳。『×』の字に()い合わされた口。マジックで()かれた一筋の縫い傷を持つフワフワでモコモコな頬。

 そんな純真無垢(じゅんしんむく)なヌイグルミの瞳を、ヒトミは自身の瞳で見つめ返す。その瞳は自信のなさか、ゆらゆらと()れていた。

「違わない? 認める?」

「み、認めます……」

 ヒトミがガクッと首を()れた。

「マイ・着ぐるみ……欲しかった?」

「はい……マイ・着ぐるみ……前から欲しかったんです……」

「よろしい……むむ! しかも、このバイト先――」

 美佳が情報端末をもう一度ユカリスキーの手の中の情報端末をのぞき込む。

「何、美佳?」

 ヒトミがようやく顔を上げ、眉間にシワを寄せてモニタをのぞき込む美佳を不思議そうに見つめる。

「このバイト先――ヒトミが宇宙怪獣を放り投げたところに住所がある……文字通り潰れたのは、ヒトミの攻撃のせい……まさか! 計画的犯行!」

「ええ!」

 その指摘にヒトミが驚きと抗議の声を上げると、

「そこまでして……マイ・着ぐるみが欲しかったなんて……なんて恐ろしい……」

 美佳は己の恐怖心を表す為にか、わざとらしくも(おび)えたように震えながらユカリスキーをギュッと抱き締めた。

改訂 2025.08.07

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