五、一騎当千! キグルミオン! 9
「仲埜瞳――十六歳。宇宙怪獣に世界で初めて襲われた街――享都府享都市で生を受ける。その後五歳の時に同地で宇宙怪獣に襲われ、怪我をした両親とともにその両親の生まれ故郷に移住。離島である両親の故郷は高等教育機関がなく、高校進学ともに本人は自身の生まれ故郷に一人で戻ってくる。奨学金を得てなおアルバイトに励み、授業料及び日々の生活費に充てる。そのアルバイト中に、二度目の宇宙怪獣の襲撃に遭遇する」
男は資料を読み上げた。男は自衛隊の制服に一部の隙もなく身を固めている。
男は座していた。男が座っているのはただのパイプイスだ。だが男が身をぴんと伸ばして座っていると、まるで正座でもしているかのように見える。
「今更何だ? それは関係者なら、誰でも見ることができる資料だぞ。刑部一尉」
坂東が淡々と資料を読み上げた男――自身が刑部と呼んだ男に顔を向ける。坂東は直前まで目を向けていた病院の窓の外から目を外し、冷たい視線を刑部に向けた。
陽が少し西に傾き始めていた。
坂東は病院のベッドに、先と変わらず上半身だけを起こして身を預けていた。それは坂東の妥協の表れだったのかもしれない。治療は受けるが、指図は受けない。そんな感じに坂東は、ベッドに下半身を埋めながらも上半身は凛々しいまでに直立させていた。
「いえ、別に。ただの確認です」
「ふん……」
坂東の冷たい視線は長続きしなかった。刑部に短く答えられると、坂東は直ぐにその強ばらせていた頬を緩ませた。
努めて冷たい態度を取ろうとし、どうやら直ぐに失敗したらしい。
「続けますね。坂東士朗――」
「今度は俺か?」
坂東の頬は更に緩む。
「ええ、あなたの資料です。坂東士朗――三十三歳。略歴省略」
「おいおい。扱いが雑だな。略歴な上に省略されては、どこも語るところがない。略されっぱなしじゃないか」
「あなたのことなら、嫌という程知ってますからね。防衛大学校でこれでもかと、実力の違いを見せつけられましたから」
「それは人文社会科学の教育課程に関しては――だろう? 理工学はさっぱりだったぞ、俺は。むしろお前の方は理工学は専門で、俺と比べるのがそもそも間違いじゃないのか? ウチの桐山くんと話が合うんじゃないか? よくやってくれてるが、あの博士が言ってることは、正直言って俺にはよく分からん」
昔を懐かしんだのか、坂東の笑みは更に更に緩んだ。
「防衛学もあなたはトップでしたよ。さて――しかし相変わらず、不器用ですね」
「何がだ? 何の話だ?」
「防衛大の後輩に対して、冷酷になり切れない。私は今やあなたを監視し、尋問すらする立場の人間だ」
刑部はじっと坂東の瞳を見つめる。
「……」
坂東は応えない。
「そんな人間に初めは警戒する態度をとっても、直ぐに元の人の良さがでてしまう。無口に見えて、気を置かない人間にはそれなりに饒舌だ」
「俺は人付き合いは苦手だ。人が良いなんてとんでもない。宇宙怪獣対策機構でも、皆に笑われている。仲埜には――」
坂東が困ったような苦笑いを浮かべ、少しうつむいて笑った。
「……」
刑部はその様子にピクリとだけ眉を動かした。
「仲埜には――初め、随分と嫌われたな。ああ、まだ何日も経ってないか」
「『初め』? どの初めですか?」
「ん? 俺がスペース・スパイラル・スプリング8から通信した時からだ。降りろとか言ってしまったからな。キグルミオンのキャラスーツで、あいつは飛び跳ねて抗議してたぞ。実に猫の着ぐるみがやりそうな仕草でな」
「第一次宇宙怪襲撃に伴う緊急災害派遣。その〝救援活動〟――」
坂東の語りに刑部は聞いてないかのように己の言葉を重ねる。
「……」
坂東は口を意識的にか強くつむった。
「その時が初めてではないのですか?」
「さあ、沢山の人間の救助にあったからな……その時に、遭っているかもな……」
坂東は緊張に喉が乾いたらしい。少々上ずった声で答える。
「仲埜瞳は〝立ち向かう少女〟です。違いますか?」
「違わん。記録映像を見てもそっくりだ。俺もどこかで見たと思ったんだ」
「どこで見たんですか?」
「それは……あの災害現場に決まってるだろう……」
「直接救助にあたられた時ですか? それとも写真だけ見ましたか?」
刑部はぐっと身を乗り出した。
「……」
「もしくは、そのどちらでもない?」
「写真だろうな……いちいち救助にあたった少女の顔など、覚えてるはずがない」
坂東は窓の外に視線を逃しながら答えた。だがの顔は窓にわずかに写り込み、ガラス越しに刑部と目が合ってしまう。
「そんな少女がやはり――着ぐるみの格好で宇宙怪獣に再び遭遇した。あまつさえ自分が着ぐるみヒーローであるかのように、宇宙怪獣を退けた」
「……」
坂東は窓から目を戻さない。
「運命がエンタングルメントした――理工学専攻の防大出としては、そうコメントさせてもらいますよ」
刑部は独り言のようにそう告げると席を立ち、背を向けたままの坂東に一つ敬礼をして病室を出て行った。
改訂 2025.08.07