五、一騎当千! キグルミオン! 3
「……」
久遠がヒトミから目を転じた。視線の先には美佳の情報端末。そしてその中の粗い画像。
「ヒトミちゃんが十年前――世界初の宇宙怪獣襲撃の現場に居たことは、出会ってすぐ調べさせてもらったわ」
久遠はその映像に遠目に目を落としながら口を開く。
「……」
ヒトミは黙って久遠の話に耳を傾ける。
その背中で美佳が情報端末の中の写真を限界いっぱいまで大きくした。
「むむ……」
粒子が粗過ぎて人の形がなくなる寸前まで大きくされたその画像。それは辛うじて小さな少女の姿をしていることだけが分かる。ビルの監視カメラか何かに偶然写っていただけのようだ。上からの見下ろす角度で撮られたそれには、少女の頭頂部から背中が大きく写っている。
少女は身構えている。まるで着ぐるみヒーローが敵に立ち向かうときのポーズを真似しているかのように勇ましく身構えている。
美佳はその画像を持ち上げヒトミの背中に並べて見比べた。
「ふふん……」
そして嬉しげに鼻を鳴らすと、よく見えるようにか久遠にモニタを向けて見せる。
「まあ、あの有名な〝立ち向かう少女〟とは思わなかったけど……」
「『有名』? 『立ち向かう少女』? 何ですか?」
「そうよ。私達の世界では有名ってとこかな? アレが写ってしまっているこの写真は、表社会には出回らないからね」
「……」
ヒトミが久遠の『アレ』という言葉にピクリと指を動かして反応した。
「宇宙怪獣は一度目の襲来以降、ほぼ半年に一度のペースで、世界中に襲撃を仕掛けてきたわ。宇宙からくること以外は全く不明。怪獣としか呼びようのない外観と行動。考える間もなく世界の科学者達は人類の叡智を結集して、これにあたる必要が生まれたの。私も大学院まで飛び級で進学して、その科学者の一人に仲間入りしたわ。その時見せられるのよ。参考資料として。そして――自分が今頑張っている理由として」
「理由……」
「そうよ。宇宙怪獣を研究すると、直ぐに壁にぶち当たるもの。己の――人類の限界を思い知らされるのよね。でもねこんな小さな子どもですら、宇宙怪獣に立ち向かおうとしている。科学の限界だろうが、宇宙の神秘だろうが、知ったことかってね……」
「……」
ヒトミと久遠は黙ってしばらく見つめ合った。
「ふふん……政治の世界も似たようなもの、ウチの両親先生にも一度見せられたことがある……政治的に抹殺されてることを秘密裏に知る特権……ぐふふ、いい両親を持った……さすが、私……」
「ちょっと、美佳……怖いから……腹黒い笑い声止めてくれる?」
「ふふん……」
ヒトミが苦笑いとともに抗議に振り返ると、美佳は眠たげな視線をシレッと逸らした。代わりに美佳の胸に抱かれたままのユカリスキーが暢気に手を振って応える。
「美佳がいつもヌイグルミオンを抱きっぱなのは、ひょっとして自分の黒さを誤魔化す為なの?」
「ふふん……ご想像にお任せ……それに、さっきまで離ればなれだった……いつも抱きっぱは言い過ぎ……」
「そう?」
ヒトミが疑わしげに眉間に皺を寄せる。
「そう……」
美佳はそう応えると力を込めてユカリスキーを抱き締める。ユカリスキーが苦しげに――それでいてどこが楽しげに手足をばたつかせた。
「はいはい。久遠さん……」
「何、ヒトミちゃん?」
「その……隊長もその……立ち向かう少女の写真を見たことあるんでしょうか?」
「……」
久遠は答えない。少々口ごもりながらも真っ直ぐ己に瞳を向けてくるヒトミに、久遠は黙って見つめ返す。
「確か私、言われました。その……隊長に初めて会った時、どこかで会ったかな――って……」
「ウチの隊長だからね。この写真も一度ぐらいは見てると思うわ」
久遠はついっと視線を窓の外に逸らした。それは先程まで見ていたヒトミの視線から久遠は窓の外の空――茨状発光体に目を向ける。
そこにいつもの挑むような光はなかった。単に目を逸らす為に見慣れているものを見上げてしまった。ただそれだけだったのかもしれない。
「直接会ったから――ではなくてですか?」
その証拠に久遠は、
「あの時の救援活動に、隊長が参加していればあるいは……」
ヒトミの質問にやはり感情の読み取れない表情で、茨状発光体を見上げながら答えた。
改訂 2025.08.07




