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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
五、一騎当千! キグルミオン!
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五、一騎当千! キグルミオン! 1

 長い夜が明けた。

 少なくとも目を開ければキグルミオンの中の人――仲埜瞳(なかのひとみ)にはそう思えただろう。

 朝まで薄明かりを届け続ける天空の茨状(いばらじょう)発光体。それでも太陽が昇ればやはり、夜空が明けるとしか言い様のない()が地表に届けられる。

「……」

 ヒトミは事務机に突っ()していた。指令用擬装(ぎそう)雑居ビルの一角。ヒトミ達が日常業務と指令に使う貸し事務所然としたその一室で、ヒトミは(どろ)のように眠っていた。

 ヒトミの前の情報端末に(あか)りが()いている。眠ってしまう寸前まで情報を待っていたか、連絡を取り合っていたのだろう。

 実際端末のモニタに最後の連絡時間が表示されていた。夜が明ける少し前――今から一時間程前に最後に送られてきたようだ。

 そこに残されていたのは多数の縫いぐるみ(ヌイグルミ)(あやつ)る女子高生オペレータ――須藤美佳(すどうみか)からのメッセージ。

 連絡橋ようやく封鎖解除。今から帰還する――

 そうしたためられていたメッセージの最後に、『もう一度確認。隊長は無事だから、ヒトミも寝るように』と()えられていた。

 ヒトミは自分の事務机に両手を組んで乗せ、その上に(ほほ)を預けていた。頬を預ける為に曲げられた首は、自然と特殊行政法人『宇宙怪獣対策機構』の隊長と呼ばれる男――坂東士朗(ばんどうしろう)の机の方を向いていた。

「ん……」

 ヒトミが目を開けた。眠たそうに目をしばたたかせると、ヒトミはうっすらと開けた瞳で坂東の机を見つめる。

 もちろんそこに坂東の姿はない。窓から差し込まれる朝日で、(にぶ)く光る天面をさらす机があるだけだ。

「……」

 ヒトミは突っ伏したまましばらくそちらを見つめ続けた。その瞳を朝日が射抜く。

「ん……」

 ヒトミはまぶしげに目をつむり、突っ伏したまま机の上で伸びをした。その手が情報端末に当たる。偶然か、それとも寝てしまう寸前まで見ていたせいか、そこに坂東士朗の経歴ファイルが表示される。

 今より少し若い坂東の顔写真がそこには添付されていた。

「坂東士朗隊長……防衛大学校を卒業とともに、陸上自衛隊に入隊……これがおよそ十年と少し前……そして二年前、特殊行政法人『宇宙怪獣対策機構』設立とともに、陸上自衛隊を最終官位一尉で依願退職し、移籍する……当たり(さわ)りのないことしか、やっぱ()ってないか……」

 ヒトミが上体を起こした。ヒトミはそのまま再度、今度は天井に向かって腕を上げて伸びをする。

 その時事務所のドアがノックされた。ノックというよりはドア全体を揺らしたような物音だった。

「美佳? 久遠(くおん)さん? 帰ってきたんですか? ああ、ユカリスキーか。入っていいよ」

 ヒトミの返事に(こた)えるようにドアを開けたのは、子供の背丈程のコアラの縫いぐるみ(ヌイグルミ)――ユカリスキーだった。

 ユカリスキーはそれでも一度様子を確かめるようにドアの向こうから顔だけ出すと、ヒトミの表情をうかがうかのように一度動作を止めた。事務所の中で微笑(ほほえ)むヒトミの笑顔を確認したのか、それとも単にそういう風にプログラムされているのか、ユカリスキーは部屋の先人の様子を確かめてから部屋に入ってくる。

 フワフワでモコモコの手がドアを閉めた。確かにこの手ではドアをノックするのではなく、全体を揺らして音を立てて中の人に知らせるしかないだろう。

 駆け寄ってきたユカリスキー。(おのれ)の脇に隣のイスを引いてきてちょこんと座る。

「ユカリスキーも、心配?」

 ただ黙ってこちらを見上げるように顔を見上げたコアラの縫いぐるみ(ヌイグルミ)に、ヒトミは笑顔で話しかける。

 もちろんユカリスキーは答えない。ただ(つぶ)らな瞳で見返してくるだけだ。より高く昇ってくる()の光がユカリスキーのヒトミを小さく輝かせる。

「キグルミオンを作るような(すご)い技術があって、実際自分で何でも動けるぐらいの技術で作られていて、君達は話さないんだ? でも、分かるかな? そういうに生まれてきてるんだよね? こんな時はよく分かるよ……」

 ヒトミはユカリスキーの頭を()でる。ユカリスキーは撫でられるがままに身を任せた。

「隊長無事だって……ヒルネスキーが場所も特定してくれてる……ヒルネスキーは走って帰ってくるのかな? 何か気の毒……」

 ヒトミはユカリスキーの頭を撫で続けた。

「私ね……十年前にある人に命を助けられたの……ううん、人かどうかも分からないんだけど……」

 ユカリスキーは応えない。ただそこに居るだけで、実際はヒトミの話を聞いているのかどうかも分からない。

 それでもヒトミは話し続ける。ただ寄り添ってくれるだけのヌイグルミに話し続ける。

「宇宙怪獣がこう――ごうっと、足を上げてね……私は恐怖に身がすくんで……その前後のこともよく覚えてないんだけど……小さかったし……でも、その後のことはよく覚えてる……あの人は――私を助ける為に、自分を犠牲(ぎせい)にして……」

 ヒトミがユカリスキーの頭を撫でていた手を止める。

「でも、今あの時のことを思い出しても、一番に思い出すのはあの時の気持ち……恐怖とか、嫌な思いでとかじゃないの……人の為に自らを犠牲にしてまで、戦ってくれるヒーローに……(あこが)れとか、興奮とか、色々ない()ぜになったあの気持ち……だから久遠さん――」

 ヒトミが情報端末に目を転じた。その瞳に陽光が力強く反射する。

 ヒトミの呼びかけに応え、ハンドルを握る二十前の女性の姿が情報端末に大写しになる。

「……」

 キグルミオンの全てを任されている女性科学者――桐山久遠(きりやまくおん)が、陽光にその鋭いつり目を光らせていた。その耳にイヤホンが光っている。ヒトミの話を聞いていたのだろう。

「久遠さん――十年前のこと。十年前から今までのこと、全部教えて下さい」

 ヒトミがそう最後に()げると、

「私は全部知ってるわけじゃないわ……」

 モニタの向こうの久遠はそう応えて、ハンドルを苛立(いらだ)たしげに切った。

改訂 2025.08.07

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