四、疾風迅雷! キグルミオン! 13
「美佳ちゃん! 急ぐわよ!」
久遠がタラップを駆け降りる。
訓練機は夜の海上空港に降りていた。ドアを兼ねたタラップが地面に降ろされている。
開けられたドアから久遠が先に飛び出し、そのすぐ後を情報端末を抱えた美佳が続いた。
タラップを降り身をひるがえすと、久遠は訓練機の主翼の下を駆け抜ける。冷め切らないスクラムジェットエンジンの余熱が久遠の頬を撫で、熱気が軽く髪を逆立たせさせた。
「……」
追う美佳は情報端末に半分目を落としながら走る。走りながらも何からの情報を集めようとしているようだ。左手に端末を抱え慌ただしげに右手をその上で走らせている。美佳がエンジンのジェット燃料の残り香にわずかに鼻を引きつらせた。
久遠が格納庫の閉じられていたドアにたどり着く。ドアを開くと遅れてくる美佳を振り向いて迎える。
「博士……」
美佳が久遠に開けてもらったドアに滑り込む。二人して再度格納庫の奥に走り出した。
「美佳ちゃん! 状況は?」
「ヒルネスキーが追跡中……この移動速度だと、車両に取りつくことに成功したみたい……」
走る美佳の揺れる情報端末の中で、移動する光点の明滅している地図が表示されている。そしてその脇に流れる夜の街の様子が写し出された。
ただしそれはとても低く狭い視界で、ビルやガードレール、信号機などの基礎部分だけが延々と後ろに流れていく景色だった。ヒルネスキーが取りついたのは車両の下のようだ。
「ヒルネスキーの視界情報もそう告げてる……つかまされてないない限り、隊長の収容先までつけられるはず……」
「そう!」
久遠が停めてあった屋根なしの軍用車両に、ドアも開けずに文字通り飛び乗る。久遠はイスに己の腰を落ち着ける間もなく、ポケットから鍵を取り出し差し込んだ。
「うにゃ……」
美佳も開けるのはもどかしかったのか、情報端末を抱えたままお尻からドアに座り込むようによじ登る。そのまま反対側に落ちるように乗り込み、柔らかいとは言い難い後部座席に身を投げ出した。
「行き先は? どこの救命救急センター? それとも……」
「センターでも病院でも、止まる気配なし……このまま行けば、陸自の近くの駐屯地も飛ばして……」
美佳が投げ出した身を起こしながら答える。
「自衛隊病院のある駐屯地を目指してるのね……」
久遠が乱暴にアクセルを踏み込んだ。同時にヘッドライトが灯され、荒々しい排気音とともに軍用しゃりょうが出口に走り出す。
センサ式だったのか久遠の車両が近づくと入り口のシャッターが自動で開いていった。
「だったら、ヘリで収容しなさいよ……車なら一時間以上かかるじゃない……」
久遠が完全に開き切っていないシャッターの下をすれすれで車をくぐらせていく。
美佳がシャッターをくぐる瞬間顔を上げ、そのすれすれ感を確かめるように半目で見つめた。
「一時間あれば、多少の尋問ができる……いくら隊長とはいえ、怪我で弱ってるなら心理的に堪えるはず……」
「そうね!」
久遠が苛立ちのままにハンドルを切る。軍用車両が後部タイヤを空港のアスファルトにこすりつけて横滑りした。不愉快な摩擦音を夜の空港に鳴り響かせて、久遠は軍用車両を出口へのルートに乗せた。
「どっちに向かう……隊長のところ……それとも、ヒトミのところ……」
「ヒトミちゃんの方よ。擬装ビルに戻るわ。隊長の方は直に乗り込んでも状況が変わると思えないもの。そっちの方は美佳ちゃんから、圧力をかけてもらった方が早いわ」
「ぐふふ……圧力かけるのは、両親……」
「そうね。今、会期中だっけ? 好都合ね。連絡とれるわよね?」
久遠の運転する軍用車両が空港を背に海上連絡橋へと向かっていく。久遠と美佳が背にした空港ビルが見る見ると小さくなっていく。
「娘とのホットラインはいつも空けてる……わが両親ながら、親ばか……ふふん……」
「あっそ。ウチとは大違いね。まあこっちは、会社を継げ、グループを率いろ――ってうるさいから、私の方から切ってるだけだけどね」
「むむ、この騒ぎでやっぱり連絡がきてた……凄い数の着信履歴……国の仕事しろ、我が両親先生め……宇宙怪獣襲来で、てんてこ舞いのはずだろ……」
美佳がまんざらでもないように半目を更に細めて、眉間にわざとらしくシワを寄せて情報端末をのぞき込む。そして後部座席に放り出されていたカバンに手を伸ばす。その中からイヤホンとマイクが連なったヘッドセットを取り出した。
「そうね。宇宙怪獣の襲来で、緊急対応中のはずよね? まあ、いいか……で、ヒトミちゃんはどうしてる?」
久遠が他の車両の少ない海上連絡橋に車を乗り入れさせる。きたときとはまるで違う印象の連絡橋。ほの暗い海と、薄暗い空を切り断つように、人工の道路がどこまでも続いていた。久遠はその両者に挟まれた直線の中を車で急ぐ。
「ヒトミはキャラスーツを脱いだところ……ユカリスキーに付き添われて、今は事務所の方に向かってる……」
美佳が後部座席に深く座り直しながらヘッドセットを付ける。
「施設は無事? 入られてない?」
「今のところは、その痕跡はなし……音声繋がった……もしもし……ぐぬ、無事に決まってる……そっちこそ大丈夫……落ち着いて、とにかく二人とも落ち着いて……どっちか一人がしゃべって……ああ、回線の向こうでケンカしないで……どっちが話すかなんて、どうでもいいし……てか、今そこ、緊急会議中の本部のはずじゃ――」
美佳が珍しく感情もあらわにヘッドセットの向こうに諭すように話しかける。
「今、空港出たところ……怪我はない……宇宙怪獣は倒した……知ってるはず……それより、自衛隊の動きを止めて欲しい……だから、私は無事だから……怪我してないって……だから自衛隊の動きを……」
「そうね……」
後ろから漏れ聞こえてくる美佳の言葉に久遠が乾いた声で応える。美佳に聞こえるように口を開いた訳ではないようだ。その証拠に久遠はバックミラーで美佳の様子を確かめることもなく、渋い顔で前を見つめているままだった。
今まで全く速度を落とすことなく走らせてきた久遠の軍用車両。それは久遠以外の車が少なかったからでもある。
だがその久遠がアクセルから足を外す。
「そうね――動きを止められてるの、こっちだからね……」
先を行く車両が次々と速度を落としいき、
『海上連絡橋出口閉鎖中』――
そう表示された電光掲示板の下で、久遠は静かに車を停止させた。
改訂 2025.08.06