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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
四、疾風迅雷! キグルミオン!
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四、疾風迅雷! キグルミオン! 12

「……」

 キグルミオンが空を見上げた。

 キグルミオンの見上げる空にはもう久遠と美佳を乗せた訓練機の姿は見当たらない。代わりにようやく規制が解除されたのか、それともかいくぐったのか、報道機関と思しきヘリコプターが複数向かってくる。

 ヒトミはそれらを見上げたのではないようだ。ヘリの動きには(まど)わされずキグルミオンはその(つぶ)らな瞳で一点を見上げ続ける。

 ヒトミが見上げたのは空、もしくは宇宙そのものだろう。

 戦いの終わった夜空にはやはり茨状(いばらじょう)発光体が光り(かがや)いている。

 空を無言で見上げるキグルミオンの足下(あしもと)では、警戒態勢を少しずつ崩しながら軍用車両が散っていく。その一部はキグルミオンの足下を抜け、もはや動かなくなった宇宙怪獣に向かっていく。

 残りは坂東の収容からキグルミオンの監視に任務を変更したようだ。キグルミオンが空を見上げる中、隊員達はそのキグルミオンを見上げている。あからさまに望遠鏡をのぞいて監視にあたる隊員もいれば、警備に立ちながらキグルミオンに視線を送っている隊員もいる。

「宇宙……宇宙怪獣……」

 ヒトミがつぶやく。そしてようやく身をひるがえした。ユカリスキーがその足下に走り寄る。ヒトミはキグルミオンを軽くかがみ込ませると、ユカリスキーをすくい上げてやる。

 ヒトミが擬装(ぎそう)出撃用ビルに向かって歩き出すと、その背後で複数の排気音が上がった。キグルミオンの動向を確認する為に自衛隊の軍用車両がその後をゆっくりとついていく。

「……」

 ヒトミは特に振り返りもせずに無人の夜の街を行く。ヒトミが出撃用ビルに向かうにつれ、ランニングに使っていた街路が見えてくる。ヒトミのランニングをその沿道で笑顔で向かえてくれた住人の姿はもはやない。

 爆発四散した宇宙怪獣の最後よりも、それを倒したキグルミオンの方を被写体として選んだのだろう。報道機関のヘリがキグルミオンの上空で舞った。

 ヒトミはその無人の街を軍用車両を足下に、報道用ヘリを上空に引き連れて歩く。

「ヒトミちゃん。そのまま擬装(ぎそう)ビルに戻ってね。寄り道しちゃダメよ」

 キグルミオンの中で久遠の声が再生された。まだ機内にいるようだ。戦闘の喧噪(けんそう)が夜の静寂(せいじゃく)に打ち勝っていた時と違い、その通信からはわずかにジェットの火を()く振動音が伝わってくる。

「はい。でも、このまま基地に戻って大丈夫ですか? 何かいっぱいついてきてますけど」

 ヒトミは特に視線をそれら随伴者(ずいはんしゃ)に向けもせずに、キグルミオンの中で久遠に問いかけた。

「自衛隊は好きにさせておいてあげて。あの人達も仕事だしね。報道機関の方は仕方ないわ。擬装ビルは二棟とも、市民から擬装する為のものだったしね。こんな施設が街の中にあることに不安を感じさせない為にね。まあ、もっと言えばぶっちゃげ文句を言われない為にね」

「……」

「実際宇宙怪獣が三度に渡ってこの地に現れた。ここにその撃退の為の手段があることに、文句を言う理由はなくなったわ。こちらももっとも、苦情を言う市民がもう居ないけどね」

「久遠さん……」

「何?」

「宇宙怪獣がこの街に降りてきたのは、これで〝四度目〟ですよね?」

 ヒトミが力強く聞き返す。

「……」

 久遠が大きく息を吸った。その己の内に力を()めんとする胸の動きが、音声越しでも衣擦(きぬず)れの音となった分かる程の大きな息だ。

「そうよ。ヒトミちゃん――これで四度目よ……十年前、世界初の宇宙怪獣はこの地に降り立ったわ……」

「……」

 キグルミオンが擬装出撃用ビルにたどり着く。足下で軍用車両がそのビルを取り囲むように散った。頭上では報道機関のヘリがビルを正面からとらえんと大きく旋回する。

「ヒトミ、ビルの扉を開ける……」

 ヒトミの質問に答えた後黙ってしまった久遠に代わり、美佳が指示を送ってくる。

「自衛隊は乗り込んでこないはず……念のためヌイグルミオン達に外に出てもらって、警戒にあたってもらうから、踏みつけないでやって欲しい……あの子達、踏まれ弱い……何て言うか、精神的に……」

「『踏まれ弱い』って何よ? まあ、了解」

 美佳の言いようにヒトミがクスリと笑う。実際緊張してようだ。美佳に笑ってから、キグルミオンの両肩が脱力したように一つ降りた。

「それとシャフトの昇降機は壊れて――いやヒトミが派手に壊したから、今地下格納庫にキグルミオンを降ろせない……困った……ホント困った……」

「うっ……いいじゃない。二度も言わないでよ」

 ヒトミの目の前で出撃用擬装ビルの正面が左右に音を立てて開いていく。それと同時に中からヌイグルミオン達がわらわらと飛び出してきた。

「ダメ、お仕置き……緊急用ハシゴがシャフトの横についてるから、自力で降りて……」

「自力! 自力なの? 何かこう……つり下げたりしてくれないの?」

 ヌイグルミオン達がキグルミオンを囲むように散らばると、ヒトミは擬装出撃用ビルの向こうに身を乗り出す。

 ビルの内部。道路と地続きのその底面に、ぽっかりと大穴が空いていた。そしてビル内の側面にはキグルミオンサイズの金属製のハシゴが下まで続いている。

「むむ、キグルミオンをつり下げるプラン……その為には、一体何百体のヌイグルミオン達が必要になることか……」

「いや、えっとね美佳。ヌイグルミオン達につり下げて欲しい訳じゃないんだけど?」

「なるほど……ヌイグルミオン増強のいい口実……もっと可愛い動物達が、何百と()れをなして私の(もと)に……」

「分かった! 降りるから! 自力で降りるから!」

 ヌイグルミオン達と(にら)み合いを始めた自衛隊に背を向け、ヒトミはハシゴに手をかけてビルの中に消えた。

改訂 2025.08.06

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