四、疾風迅雷! キグルミオン! 10
「隊長! やりました!」
宇宙怪獣の爆発もそこそこに、ヒトミは坂東の姿を求めてキグルミオンを振り向かせる。
「隊長! 隊長、どこですか? 今、助けに! 隊長!」
くすぶり続ける宇宙怪獣を後ろに残し、ヒトミはキグルミオンで走り出す。
「隊長! 美佳ちゃん、隊長との通信は?」
「途切れてます……」
久遠と美佳の関心も、あっという間に坂東に移ったようだ。駆け出すキグルミオンの中で久遠と美佳のやや上ずった声が再生される。
「何ですって? 美佳ちゃん! 隊長の位置を逆探知!」
「もう、始めてる……でも、時間がかかりそう……」
「美佳! 地図見て! 隊長が着地した地点と、擬装ビルを結ぶ地点を結んで!」
ヒトミはビル群を縫うように走る。市民の避難が終わっている街。時に放置された車両を揺らし、ビルの窓を振動でふるわせながらヒトミはひた走る。
「ヒトミ……」
「隊長なら、真っ直ぐこっちを目指すはず!」
「なるほど……その間にある公衆回線が分かれば……あった……」
美佳の喜色にほぐれる声が再生される。先の上ずった声から感じられた緊張が一気に和らいだようだ。
「ヒトミ……隊長の着地地点と、事務所を結ぶライン上にある公衆回線端末は三つ……多分……」
「一番着地地点に近いところね!」
「そう……ユカリスキーが近くにいた……見える位置に行かせるから、合流して……」
「オッケー!」
ヒトミは巨大な猫の着ぐるみで飛ぶように駆けた。振動が大地を揺らし、空気をも震わせる。
その振動に合わせてわざとらしい飛び上がる仕草を見せながら、コアラのヌイグルミがビルの陰から飛び出した。
ヒトミの揺れる視界にユカリスキーが飛び込んでくる。ユカリスキーは大きく一度手を振ると、ヒトミの前を走り出した。
ユカリスキーが手を前に出した。指はないが前方を指差したのだろう。
「あっちね!」
ヒトミがあっという間にユカリスキーに追いついた。
「ユカリスキー! つかまって!」
ヒトミが走りながらかがみ込み、ユカリスキーにキグルミオンの巨大な手を差し出す。すれ違い様に地面すれすれに傾けたキグルミオンの右手に、ユカリスキーが慌てたようにつかまった。
「――ッ!」
そしてヒトミはその身を起き上がらせるとその場で立ち止まってしまう。ユカリスキーが尚も指し示していた方向に、大量の軍用車量が集まっていたからだ。
「美佳!」
「こっちでも見えてる……あれは、自衛隊の車両……」
「助けにきてくれたの?」
ヒトミの顔がキグルミオンの中でぱっと明るくなる。
「あるいは、拘束しにきたか――ね……」
それとは対照的に久遠の口調がすっと沈む。
「えっ! 何でです?」
ヒトミが再度歩き出す。坂東の身が近くにあると思われるせいか、今度は周りを気にしながら慎重に歩を進める。
「キグルミオンの有用性を、やっと上も認めたってことよ。遅いけどね……」
「じゃあ、何で拘束なんて話に?」
「待機命令を無視したことを問題視した? もしくはそれを口実にしただけ? 何より宇宙怪獣が現れたんだから、今は特務級非常事態。我々『宇宙怪獣対策機構』は迎撃する義務も権利もあるわ。拘束される必要なんてない……美佳ちゃん。向こうから連絡は?」
「今のところ、なし……」
「何にせよ、隊長ですよ」
ヒトミが軍用車量の群がる街路の前で立ち止まる。むしろ立ち止まらざるを得なかったようだ。軍用車量はキグルミオンが足を踏み入れられないようにするためか、一台の軍用バンを中心に弧を描いて停められていた。
多くの自衛隊員がきびきびとその周囲の警戒にあたっている。その警戒の中心はやはり軍用バンだ。
怪我人を運ぶのに適しているとは言い難いその車両に向かって、担架に乗せられた大男が運び込まれていく。
「隊長!」
その姿にヒトミが思わず声を荒げる。駆け出そうと身を傾けるが、後半歩でも足を踏み出せば軍用車両を踏みつけそうになってしまう。
「く……美佳! どうしたら!」
「自衛隊と確認中……連絡――きた! 宇宙怪獣対策機構所属坂東士朗氏の無事を確認。負傷あり。救助は陸上自衛隊特務情報隊の指揮の下――」
「『負傷』! 怪我なの? 隊長!」
「『特務情報隊』! やっぱり拘束じゃない? 何が救助よ!」
ヒトミと久遠の悲鳴めいた声が同時に上がる。
ヒトミは当時に何とか足を進めんとキグルミオンの体を、その足の置き場を探して左右に揺らす。
「近寄れない……久遠さん! キグルミオンから降ります! とにかく隊長の無事を、この目で確かめないと! リニアチャック開けて下さい!」
ヒトミがキグルミオンのヒザをつかせた。ユカリスキーが心得たようにキグルミオンの手から飛び降り、その背中に走って回り込む。
「ダメよ、ヒトミちゃん! 迂闊な行動は――」
久遠の緊迫した声がそれを止めようとすると、
「キグルミオンのパイロットに告げる。敵対生命体は既に行動を停止している。貴君のこれ以上の活動は違法である。直ちに基地に戻りなさい」
軍用車両の一角から事務的な声で警告が発せられた。
改訂 2025.08.06