四、疾風迅雷! キグルミオン! 6
キグルミオンの手の中に高高度気球のベルトが収まった。その下の金具にぶら下がっていたヌイグルミオン達が、その衝撃にわざとらしくも慌てたようにしがみつき直した。
「ヒトミちゃん!」
「分かってます!」
ヒトミがつかみ伸び切ったベルト。先端に上空へと浮かんでいく気球の着いたそれに、重力に引かれて落ちてきたキグルミオンの体はがくんと引き上げられる。
ヒトミの眼下で宇宙怪獣がその身をひるがえしていた。腹部に一撃を食らった翼竜然とした怪獣は、最後はのたうつように身を起こす。
「美佳!」
「了解……」
ヒトミが両手でベルトを持ち直し左右の肩の上に回した。ヒトミがその名を呼ぶと、美佳の小さいが力強い返事が返ってきた。
同時にベルトにぶら下がっていたヌイグルミオン達が、体全体を使ってベルトの金具をどこか楽しげに揺らす。金具が勢いを付けて前後に揺れ出し、キグルミオンの脇の下でぶつかるように合流した。
ヌイグルミオンに狙いを定められた巨大な金具が、高い金属音を上げてぶつかった衝撃のままに結合される。
「よし! きなさい!」
己が身が気球に固定されたことを確かめ、ヒトミはその両の手を急上昇を仕掛けてくる宇宙怪獣に向けて拡げてみせる。
キグルミオンの脇の下からヌイグルミオン達が一斉に飛び降りた。皆がその背中に遠足用として思えないリュックサックを背負っている。
現在を生きる動物を模した動くヌイグルミ達が、過去に絶滅した恐竜然の容貌をする宇宙怪獣に向かって落ちていく。
宇宙怪獣の急上昇する身が巻き起こす空気の対流が、そのヌイグルミ達を押し退けた。空気の巨大な流れに負けて左右に流されながら、ヌイグルミオン達はやはりどこか楽しげにくるくると身を舞わせながら宇宙怪獣の横を抜けていく。
皆がすれ違い様にパンチやキックを届く訳もない宇宙怪獣に向けて放っていた。そして完全に宇宙怪獣の背後に抜けるや、後方乱気流に更にその身を翻弄されながらもパラシュートを開いて落ちていく。
「うおおおぉぉぉっ!」
背後にパラシュートの花を咲かせながら向かってくる宇宙怪獣。ヒトミは雄叫びを上げながらそれを迎え討たんと身構える。
「く……この……」
だが宇宙怪獣は更に学習したようだ。空中に浮かぶキグルミオンに近づいてくるや、かすめるような位置で翼だけぶつけて離れていく。
「一撃離脱? ヒットアンドアウェイ! ヒトミちゃん! 何とかつかまえて!」
久遠の驚きの声がキグルミオンの中で再生される。
「はい! でも……この!」
キグルミオンの身をかすめては離れていく宇宙怪獣。その翼は風を大いに受けて広がり、それ故にキグルミオンの手の届かない距離を保って襲いかかってくる。
「この攻撃で気球の方を狙われたら、また元の木阿弥よ! 気をつけて!」
「はい!」
だがそのヒトミの威勢のいい返事とは裏腹に、
「どうすれば……」
宇宙怪獣の一撃離脱の攻撃は止むことを知らず、キグルミオンの身を翻弄し続けた。
「博士……政府より、緊急入電……」
上空の旋回を続ける無重力訓練機の中で、美佳が情報端末を手にポツリとつぶやいた。
「きたの……時間をかけてしまったわね……」
久遠が美佳の肩越しに情報端末をのぞき込む。そして嫌な予感にかその手にぐっと力を入れて美佳の肩をつかんでしまう。
「『状況を知らせたし。各国から協力申出あり。決断の時、短し』です……」
「何が協力申出よ……核のことじゃない……宇宙怪獣が現れる度に、そんな攻撃してたら地球がもたないわよ……」
久遠がぎりりと奥歯を噛み合わせる。
「スペース・スパイラル・スプリング8……もう、上空にきてる……後はヒトミが、宇宙怪獣を倒して、身動きがとれないようにするだけ……」
美佳が情報端末の上で軽く指を滑らせた。地球の衛星軌道を現す模式図が端に現れ、『SSS8』と表示された点がその上で瞬いていた。
「そうね……でも……」
久遠はメインで表示されているキグルミオンの様子にもどかしげに息を呑む。ヒトミは何とか手を伸ばして近づいては離れていく宇宙怪獣をつかまえようとしていた。だが空を自由に飛ぶ宇宙怪獣に、背後や足下から攻撃されて防戦一方となっている。特に上空からの攻撃には、ベルトをつかんで何とか気球をそらして守っていた。
「このままじゃ……」
久遠が思わずそう漏らすと、
「このままでは、やられるぞ!」
情報端末から力強い男の声が再生された。
「――ッ!」
久遠と美佳が驚きに互いの顔を見合う。
情報端末の一角に『一般回線・音声のみ』と表示され、内部スピーカから聞き覚えのある声が再生された。
「俺に命を預けろ! 仲埜瞳!」
そのまだ姿も確認してもいない声の主に、
「はい!」
モニタの中のヒトミは迷いもなく応えた。
改訂 2025.08.04