四、疾風迅雷! キグルミオン! 4
「隊長……どこにもいない……」
美佳が情報端末に指を走らせる。それはいつもの流れるような指捌きではなく、どこか焦りの色を隠せない慌ただしい動きだった。
「ぬおおおおぉぉぉぉぉっ!」
その情報端末からヒトミの雄叫びが再生される。モニタの中のヒトミは宇宙怪獣にしがみつき、上空へと持ち上げられていく。
「美佳ちゃん、通信は?」
久遠が美佳の肩に手を置いた。久遠も焦りの色が隠せないようだ。美佳の華奢な肩に置かれた細い指に、細かい震えを伴って力が入れられている。
「通信なし……それに元より通信機は持って降りてないはず……」
「じゃあ、電話でもいいわ。本部宛の一般回線を、こちらで受け取れるようにしておいて」
「了解……ユカリスキー、ヒルネスキー……周囲をよく探して……」
情報端末のモニタが夜の街を写し出す。人の視界よりやや位置が低いそれはヌイグルミオンのカメラがとらえている映像のようだ。
同時に表示された立体地図には、ヌイグルミオン二体の視界の範囲を示す紡錘状のエリアが表示される。紡錘状に表現された視界が地図上で坂東の姿を求めて左右上下にふられ、同時に写し出された街の様子もあちらこちらに揺れた。
街灯も多数破壊された夜の街。茨状発光体が夜空を照らす今の世界では、それでも不自然には明るい。
それでもそれは人を捜すには心許なく、美佳と久遠の焦りが乗り移ったかのような不安げに揺れる映像だった。
美佳がその映像に目を凝らす為にか、眠たげな半目を更に細めた。
「赤外線カメラ……つけておくべきだったわね……」
久遠も目を細めた。それは己の失態に対する後悔の為でもあったようだ。細めた目が神経質に揺れる。
「ぐぬぬ……ヒルネスキーは夜行性……個性として入れておくべきだった……」
「でも、皮肉ね。それでもある程度視認できるのは、あの――茨状発光体のお陰だなんて」
久遠は一度情報端末から目を離した。先に外を覗き込んでいた窓に振り返り、ガラス越しに夜空を染め上げる茨状発光体に険しい視線を向ける。久遠の言葉通り月明かりよりも明るい光が、その茨状発光体から地上を照らしている。
「ふふん……今は、助かる……ユカリスキー達も」
「そうね。ともかく今は、隊長の捜索はあの子達に任せるとして――」
「美佳、隊長は? 見つけたの?」
その時、情報端末の中でヒトミの顔が割り込むように大写しなった。同時にその脇に表示されたのは、キグルミオンの高度を示すメーターだ。宇宙怪獣にしがみついたヒトミはぐんぐんと高度を上げている。
「ヒトミ……まだ……パラシュートは見つかったけど……」
美佳が端末の一端に顔を近づけた。そこには小さな穴が空いており、どうやらマイクになっているようだ。
「パラシュートだけ? 無事なの? 分からないの?」
ヒトミの声は短い単語を途切れ途切れに発せられている。全力で宇宙怪獣にしがみついている状況で、声を出すのも精一杯なのだろう。
「分からない……目下、捜索中……」
「そう」
「ヒトミちゃん、思ったより冷静のようね」
久遠も心持ちマイクに身を傾けて会話に割って入る。だがヒトミに呼びかけながらも、その目はキグルミオンの高度メーターに気を取られているようだ。
「私も隊長を信じてますから」
「そう、安心したわ。でもそのまま宇宙怪獣と、高高度まで一緒に行くのはいい話じゃないわ。ヒトミちゃんのつけているのは高高度用の気球だけど、流石に成層圏を越えられるとキツイわ。何とか宇宙怪獣の上昇を抑えて、地上に戻ってきて」
「了解です!」
「任せたわよ」
久遠が美佳の情報端末に後ろから手を伸ばした。久遠の手が触れると発見時のパラシュートの静止画が再度表示された。
「隊長ほどの人が、救助を待たずにその場を離れるかしら……混乱するだけなのに……」
「もしくは、着地の前に……パシュートから振り飛ばされている……」
美佳の声がいつになく真剣さを増す。同時に美佳は端末の端を手で覆っていた。マイクの位置だ。
「そうね……あまり考えたくないわね。でも、無事で怪我が大したことがないのなら、今頃本部に向かっているか、それとも電話を探そうと走り回っているかね」
「……」
「何? 美佳ちゃん」
「あの隊長なら……大した怪我でも、同じことをするはず……」
「そうね……」
久遠が美佳の肩越しにもう一度情報端末に指を走らせた。
瞬時に大写しになったのは、キグルミオンの視界でとらえた宇宙怪獣。その恐竜を模したらしいは虫類然とした目。
そして再生されたのは、
「このおおおぉぉぉぉっ!」
冷静に見えてやはり怒りに燃えているヒトミの雄叫びだった。
改訂 2025.08.04