二十七、無念無想! キグルミオン! 17
「――ッ! 警報!」
坂東はその巨体を無重力の中突如翻した。
宇宙に浮かぶスペース・スパイラル・スプリング8の中。坂東はつまれたバネを唐突に離したかのように俊敏に振り返る。
「宇宙怪獣か? こんな時に!」
坂東の全身を赤い警告灯が染め上げていた。
そこはSSS8の通路だった。
坂東の他数人が通りがかっていたが、皆の全身を公平にその不安を煽る赤い光が照らす。
皆が不安にどこを見る訳でもなく視線を彷徨わせる中、さすがに坂東の反応は早かった。
「博士! 今どこだ?」
坂東が携帯端末を懐のポケットから取り出すと近くにあった壁を蹴った。
拍車を鳴らすようなカチャという音を立て、坂東の身が無重力の向こうに跳弾のように弾けた。
互いの顔を見合わせる他のクルー達。
その間を抜けて空気を切り裂くように坂東は壁を蹴って移動する。
坂東の巨体が迫ってくることに他のクルーが気づくのは、その身に風を感じた後だった。
坂東が床や壁を蹴って前に進むたびにその圧力が風を巻き起こしていた。
そしてそれは危険な風だった。
坂東はわずかの時間も惜しいとばかりに他のクルーの間をギリギリにすり抜ける。
風が生まれ、目の前を通りすぎた後に、他のクルー達はそれが大男が巻き起こしたものだと気づく有様だ。
「自室です……これは……警報ですか?」
坂東が耳に当てた端末の向こうから久遠の声が再生される。
空気がうまく声に乗らないような、どこか頭のないように声がついてこないような感じだった。
「寝ていたか? さすがに疲れたからな」
「ええ……隊長は? 少しは休まれました?」
「ああ、二時間ぐらいはな。ぐっすりだ」
坂東は自身の言葉を裏付けようとするかのように壁を一際力強く蹴った。
さらなる旋風を巻き起こし坂東の巨体が通路を舞う。
そして力を入れすぎたのか、珍しく目測を誤り他のクルーの背中に当たりそうになっていた。
坂東は失礼と日本語で小さく告げながら、その肩に背中から触れて互いがぶつからないように身を翻す。
「ぐぬぬ……それ、ぐっすりの内には、入らない……」
坂東の返事に応えたのは、同じく眠たげな美佳の声だった。
「須藤くんか? 一緒に居たのか?」
「自分の部屋……狭いけど……ヒトミがいないと、広く感じる……博士の部屋にお邪魔してた……」
「そうか……休めたか?」
「少し……ユカリスキーも……」
「そうか……」
坂東が答えるとその頭上にサラ船長の声が再生された。
各国の言語に翻訳されてサラの言葉は緊急事態を告げる。
もちろんそれは宇宙怪獣に関するものだった。
それは母語のフランス語では隠しきれない緊張感をはらんでいた。
「やはりか――」
サラがいくばくも告げない内に坂東がその眉間を曇らせる。
だが実際サラの放送の内容は、宇宙怪獣が現れたらしいという情報だけのものだった。
「よし……二人とも……司令室に来てくれ。悪いが情報収集を頼む。博士はその解析を。サラ船長の話は要領を得ない。宇宙怪獣は現れたようだ。ハッブル7改からの情報は今回も遅れたな……これからここに来るのか……あるいはもう来ているのか……」
坂東が壁の向こうに見るとはなしに目をやりながら端末の向こうに漏らすように話しかける。
「キグルミオンがありませんわ……」
「ヒトミも居ない……」
久遠と美佳の不安げな声が坂東の耳元に返ってきた。
「それでも、我々は宇宙怪獣対策機構の人間だ! やれることは全てやるぞ!」
坂東は一際大きな声でそう言い切ると、自らを鼓舞するかのように拍車のような音を鳴らして左足で壁を蹴った。




