四、疾風迅雷! キグルミオン! 2
「美佳ちゃん! 宇宙怪獣の対処を最優先! でも隊長の捜索も同じぐらい優先して!」
久遠が旅客機の小さな窓から外を覗き見ていた。宇宙怪獣とキグルミオンよりも遥か上空を、自由落下用の訓練機は同じところに止まる為に旋回していた。
「了解……手の空いてる子は皆、隊長捜しに……」
美佳が旅客機のベンチに座り手元の情報端末に指を走らせた。
多数のヌイグルミの顔がアイコンとなってモニタいっぱいに表示される。美佳が指を弾くよう開いてにそれらをなぞった。ヌイグルミ達のアイコンがモニタの四辺に一度二度ピンボールのように跳ねてから画面の外に消える。
「各員、配置完了……」
「さて、空を自由に舞う宇宙怪獣――」
久遠が窓を下からのぞき込む。久遠が『宇宙怪獣』とつぶやきながらも、険しい視線を向けたのは夜の闇にいっそう鮮やかに輝く茨状発光体だ。
久遠はそのまま視線を下に向けた。
「それに対するは――やっとこさ浮かんでいるだけの、私達のキグルミオン」
「ぐふふ……博士、何か楽しそう……」
「そう? 隊長の無事が確認できるまで、気を引き締めないとね。でも、さすがに見えないわね……」
久遠が窓の下をのぞき込む。首の角度何度か変えているが、下はよく見えないようだ。久遠は窓から確認すのを諦めたのか、壁から身を離し美佳の手元の情報端末をのぞき込む。
その端末の中では徐々に浮き上がっていく猫の着ぐるみの姿が写し出されていた。その身が浮かび上がっていくに連れて、地上のライトから遠ざかっていく。カメラからも遠ざかっていくキグルミオンの姿がどんどん小さくなっていった。
「むう……映像が追いつかない……キグルミオンの内部カメラに切り替えないと……」
美佳が端末に指を走らせた。モニターの映像が遠目のシルエットから、キグルミオン自身の視線へと変わる。
「宇宙怪獣……」
その視線がとらえた宇宙怪獣。翼竜の姿をしたそれが翼を羽ばたかせて空に止まっている。
モニタはキグルミオンの中のヒトミも別のカメラでとらえていた。
「ヒトミ……あんな真剣な顔、初めて見た……」
美佳がその映像に思わず手を止めてつぶやいた。
美佳の言葉通りかヒトミは静かに燃えていた。内部機器の発する光を受けてか、その瞳が爛々と輝いている。微動だにせず宇宙怪獣をねめつけるヒトミが、それ故に揺れる瞳の光を見せつける。
「……」
そう、ヒトミは静かに燃えていた。
「美佳……スペース・スパイラル・スプリング8は……」
キグルミオンの中のヒトミが宇宙怪獣から視線をそらさず口を開いた。空に自らの力で舞う宇宙怪獣は、気球で徐々に浮かび上がっていくキグルミオンよりも遥かに高いところに止まっていた。
宇宙怪獣が上、キグルミオンが下だ。それは翼を持つ宇宙怪獣と、つるされるだけのキグルミオンのこの空での力関係そのものにも見えた。
「へっ? ヒトミ……まだ、宇宙怪獣の動きを止めてない……」
ヒトミの問いに美佳が驚いたように答えた。キグルミオンの中に美佳の素っ頓狂な返事が音声だけで再生される。
「時間をかける気はないわ。呼んでおいて」
「ヒトミ……無茶はよくない……」
「……」
ヒトミは応えない。
気球で上がっていくキグルミオン。その更に上でこちらの様子をうかがう宇宙怪獣を、己の不利な状況も押し退けるようにヒトミはにらみつける。
「ヒトミちゃん、冷静に」
久遠が通信に割って入る。やはり音声だけだ。
「博士……」
「SSS8は静止衛星。キセノンを使ったイオンエンジンで、地球から見てほぼ同じ位置に止まることができるとはいえ、宇宙からキグルミオンを狙ってもらうには微調整が必要だわ」
「……」
「エキゾチック・ハドロンを生成する時間も、それを射出する準備の時間も必要よ。焦らないで」
「分かりました……でも、最速でお願いします……」
「ヒトミちゃん……」
「……」
「分かったわ……でも、無茶はやっぱりダメよ」
「ありがとうございます……」
ヒトミは久遠と通信を交わす間も宇宙怪獣から目をそらさなかった。その気迫に押されたのか宇宙怪獣はその場で止まっている。
だがヒトミがあらためて相手を見上げると、威嚇するように宇宙怪獣はその身をその場で一回転させた。
「きなさい!」
そしてヒトミが気球につられた体で両手両足を拡げると呼びかけると、
「――ッ!」
その挑発に乗ったかのように、宇宙怪獣は急降下をかけてキグルミオンに襲いかかってきた。
改訂 2025.08.02