二十七、無念無想! キグルミオン! 14
「生きていると、死んでいるの重ね合わせ……それは、よもやの居眠りか……」
博士はドアの向こうの光景に特に表情を変えることなく呟いた。
「ぐぅ……」
ヒトミは部屋の中に唯一あった一対の調度品。無機質な机と椅子で、呑気にいびきをかいていた。
両腕を枕にし、頬をそこに預けている。
厳しい軍人がドアの向こうに列をなして姿を現しても、ヒトミは起きるそぶりを見せない。
「博士。日本語ですかな? いやはや。この光景に呆れたのは分かりますが、審問は英語でお願いします。翻訳機は入れさせますので。おい」
将軍が苦々しい表情を浮かべながらやはり顎で何か示した。
後ろに控えていた兵士の一人が、一つ敬礼すると二人の脇を抜けて部屋に入っていった。
兵士に続いて博士が無表情で中に続き、その後を将軍が慌てて追った。
兵士がキビキビとした動きで、ヒトミがだらしなく突っ伏す机の上に小さな機械を置いた。
マイクとスピーカがついたその機械は、携帯用の翻訳機だったようだ。
「ぐぅ……ダメだよユカリスキー……それはユーカリの葉っぱじゃなくって……赤しそのふりかけ……お腹壊すよ……むにゃむにゃ……」
その機械が早速ヒトミの寝言を翻訳する。
「おい……何を言ってる? こいつは? ユカリスキーとは何だ?」
英語に翻訳されても意味が分からなかったようだ。
机の前まで詰めてきた将軍は困惑と不快感に眉根を潜めて周りの部下を見回す。
「サー! ユカリスキーは、宇宙怪獣対策機構のアシスタント・ドローンであります! 数種類の動物型アシスタント・ドローンを同組織は有しており、ヌイグルミオンと称されております! ユカリスキーなる呼称を持つ機種は、コアラ型のドローンです! 同ドローンは同組織のメインオペレータ須藤美佳が常に帯同させており、ドローン内情報ネットワークの最上位デバイスの地位を与えられている模様の、特別なコアラのドローンです! サー!」
「最上位デバイス? ふん……夢の中で、味方に連絡する手段でも算段していたか? ユーカリの葉っぱは、奴らの暗号か、符牒か?」
「サー! 情報にヒットなしです! サー!」
将軍の疑問に別の兵士が手元の情報端末を繰りながら答えた。
「単独では意味をなさないか? では、赤しそのふりかけとは何だ? そもそもふりかけとは何だ? お腹を壊すとは? 毒の一種か?」
「サー! ユカリスキーはコアラのドローン! それがコアラの主食ではなく、赤しそのふりかけを食そうとしている夢のようです! ふりかけは、日本の主食である白米のご飯とともに食す副食の一種です! パスタにおけるバジルのハーブのようなものとご理解ください! コアラはユーカリ以外は食しませんので、それ外を口にしようとしてるところを咎めたようです! サー!」
「規格外のものに対する、一種の勧告か……」
将軍が自身の今までの経験と、記憶の奥底でも覗こうとするかのように顎を引いて上目遣いで呟いた。
その横では別の兵士達が博士と将軍用にか椅子を部屋に運び込んでいた。
「サー! 不明であります! そもそも何故コアラの主食であるユーカリと、ご飯のお供である赤しそのふりかけ! この明確に違う二種を、優秀な最上位デバイスであるアシスタント・ドローンが間違えるのかが不明であります! 共通点はどちらも葉っぱであることです! サー!」
「ふむ……葉っぱを取り違える最上位デバイスのドローン……博士、何かお気づきの点がありましたら、ご意見をお聞かせ願いたい」
将軍が真面目に額を曇らせながら隣を振り返ると、
「ただの非論理的な寝言だ」
博士は兵が用意した椅子に無表情ななまま腰掛けた。




