二十七、無念無想! キグルミオン! 13
「……」
初老の男が白衣を揺らして長い廊下を無言で歩いていた。
彼を中心に軍人がその周りを取り巻いている。
そのいずれもが高官を表す勲章を胸や肩にいくつも連ねていた。
そしてその前後を武装した兵が挟んで護衛にあたっている。
博士と呼ばれる男だ。
いや、博士としか呼ばせない男だ。
何者にも博士としか呼ばせない男が、軍人達に守られながら基地の廊下を行く。
「博士。相手に拷問や、無理な尋問をしたととれないように、審問は通常の事務室で行われます」
一際勲章に飾られた制服に身をまとった男が、白衣の男の横に並んで歩きながら話しかける。
「……」
博士は興味がないのか無言のまま歩を進める。
「また公的な査問でもありませんので、法廷としての体裁も整えません。あくまで科学的な審問を、関係者に行うだけです」
「……」
「テロリストなら、博士の手を煩わせることもありませんでしたがね。例の基地に連れて行けばよかったんですが」
「……」
「何分、ティーンズの少女。いやはや、手荒な真似はできません。そんな少女に、宇宙怪獣の相手をさせていたかと思うと、正直ぞっとしますな」
「……」
相手の軍人は歩きながらも矢継ぎ早に話しかけてくるが、この白衣の博士は何も応えない。
そしてその周りを固める軍人達も、無表情を装って無言で廊下を行く。
一人最上位の高官のみが博士に話しかける声が廊下に響く。
「それでも精神的に追い詰める為に、しばらく審問用の部屋で一人にしています。まあ、十代の少女ですから。それで少しは堪えるでしょう。審問は多少なりとも、それで簡単になるでしょう」
「……」
「あと、一応お気をつけください。戦闘訓練らしきものは受けていないようですが、実戦経験そのものは豊富ですから。まあ、もし襲いかかってきても、この基地の精鋭達が一瞬で沈黙させますがね」
「将軍……」
饒舌なその高官に別の将校が囁くように話しかける。
「ああ、そろそろか?」
「はい。審問室が近づいてきました。ここから先は……」
「分かった。博士、ここから先は、おしゃべり無用で。せっかく無言で待たせて、プレッシャーをかけていますからね。我々がそれを台無しにしては、もったいないですからな」
先ほどから自分しか話していないことに気づかないのか、将軍と呼ばれた男は博士に自らが一番守れていないことを忠告する。
「……」
博士は先まで同じく無言で廊下を行く。
相手の忠告に耳を傾けたのではなく、初めから返事をする気はなかったようだ。
その証拠と言わんばかりに、博士の歩幅も視線も表情も先から全く変わらない。
軍靴が廊下の床を叩く音だけが廊下に流れるようになった。
「……さぞかし、心細いでしょうな……そこにこの靴音……」
将軍と呼ばれた男は生来のおしゃべり好きなのか、一分と我慢できずに再び博士に話しかけた。
一応声が漏れ聞こえないようにと小声だったが、注意した将校の顔は困惑に曇るぐらいは廊下に響く。
「……怯えてますかな……震えてますかな……いやはや……ティーンズをなぶる趣味はありませんがね……まあ、心休まるという感じではないでしょうな……」
「……」
やはり博士は応えない。
博士達の列はやがて一つのドアの前で止まった。
そこには女性兵士が二人無言で警備に立っていた。
「……」
将軍がさすがに無言で敬礼をすると、見張り役の二人の女性兵士も無音で返礼を返した。
将軍が顎で指し示すと、キビキビとした動きで女性兵の一人がドアを開ける。
ドアが静かに開けられる、将軍は意地悪げな笑みを浮かべてその向こうを覗き見る。
だが将軍が期待したような少女の怯えた姿はそこにはなく、
「ぐぅ……」
ヒトミは机に突っ伏して呑気に寝息を立てていた。
 




