二十七、無念無想! キグルミオン! 8
「ようやく、何か言ってきたって?」
蓬髪めいた髪を無重力に揺らし、鴻池天禅はSSS8のキグルミオン司令室に入ってきた。
その髪がいつも以上に揺れるのは、それなりに慌てているからだろう。
鴻池はドアを蹴るとまっすぐその奥へと向かった。
「おやっさん……」
坂東が入り口に振り返る。
主人のいないキグルミオン格納庫。そこを仕切るガラスの前に、坂東はその巨体を浮かべていた。
そしてわずかばかりに身を捻り、鴻池の姿を認めるや前に視線を戻す。
「先生。わざわざ……」
久遠も振り返る。
「やあ、教え子君。寝てないのかい」
鴻池は坂東と久遠の間にすっと流れてきて、その壁に手を突いて止まった。
真っ先に気にかけたのは教え子の体調だった。
その自慢のつり目の下に隈が浮かび始めていた。
「ええ……」
「少しは、寝ないと」
「まだ一日もたってませんわ……ちょっと徹夜って感じなだけです……」
「その割には、随分と憔悴しきっているように見えるけど」
「それは……まあ……」
「ぐぬ……博士は電話攻勢……で、疲れ切ってる……」
鴻池に短く答える久遠に代わって、美佳が答えた。
こちらはいつもの半目がついに陥落しそうになっている。
その背中ではユカリスキーが完全に船を漕いでいた。
ユカリスキーは美佳の肩に両肩をかけながら、こっくりこっくりと顎を上下させている。
「ああ、お祖母様の人脈と、経済界への影響力を使おうとしたんだね? 今回に限っては、グループの力も及ばないだろうけど」
「ええ……」
「政治も無力……ウチの両親先生も……右往左往するだけ……」
美佳の背中でユカリスキーが急に顔を上げた。
いかにもいつの間に眠ってしまったのかという風に、コアラのぬいぐるみは円らなボタンの目をこすりながら左右を見回す。
周りでは他のぬいぐるみたちが、互いに寄り添いながらやはり寝ているような仕草で宙を漂っていた。
ウサギのリンゴスキーが身を丸めて眠り、ライオンのヒネルスキーが豪快に手足を投げ出して宙に浮かんでいる。
「仕方がないよ。アメリカの学者連中にも掛け合ったが、できることはないって返事ばかりだった。それで、やっと来た情報は? 何だって?」
「それが、おやっさん。僅かな内容でした。中国人宇宙飛行士の方は、情報が手厚いのですが。こちらは命に別条はない。地上の施設で精密検査を受けたら、即座に本国に送り届けられるとのことでした。まあ、軍事施設から、軍用機で、向こうの基地に直送でしょうが」
坂東はさすがに体力があるのか、こちらも寝ていない様子だが表情や態度には現れていなかった。
ただ汗の匂いと、伸び始めていたヒゲだけがそのことを物語っていた。
「こんな時まで、互いに機密性が最優先かい? で、仲埜くんは?」
「ほぼ無傷とのことです。精密検査の為に、現在保護中。今後、博士による審問の予定――それだけです。博士とやらの氏名は不明です」
「先生……この博士って……」
坂東の抑揚を押し殺した調子での報告に、久遠が眉を深刻に曇らせる。
「ああ……相変わらず、自らの〝人〟らしさすら否定するか……あの男……」
鴻池が珍しく嫌悪にその目を細めて、誰もいない格納庫の向こうをじっと見据えた。




