三、威風堂々! キグルミオン! 15
ヒトミの体が宙に投げ出された。キグルミオンのキャラスーツが重力に引かれぐんと急加速する。
重力に引かれるままのヒトミの体と、パラシュートがはらんだ空気に流される坂東の身は、空中で引き裂かれるように別れていった。
ウサギのヌイグルミが猫の着ぐるみの背中に両手両足を開いて力一杯に抱きつく。
「隊長!」
ヒトミの絶叫に近い叫びに、パラシュートの急激に空気をはらんで膨らむ衣擦れの音が被さった。
リンゴスキーの背中のリュックサックから新たなパラシュートが展開されていた。
「――ッ!」
この新たなパラシュートは、ヒトミの叫びとともに着ぐるみの身で力の限り振り向いた視界にも覆い被さった。
展開しかけのパラシュートの向こうに一瞬映った坂東の姿。その姿が宇宙怪獣の影に覆われる。
宇宙怪獣は坂東に牙を剥いて急降下しているところだった。坂東の体がヒトミを離した体重の変化と、宇宙怪獣自身が巻き起こす風圧のせいか、わずかに宇宙怪獣の影から横滑りするように流れていく。
逃すまいとしてか宇宙怪獣がその巨大な翼を坂東に向かってふるった。
ヒトミの視界に映ったのかそこまでだっただろう。完全に開き切ったヌイグルミオンのパラシュートが、宇宙怪獣と坂東の姿を全て覆い隠す。
「坂東隊長!」
更なる悲鳴めいた叫びを上げたヒトミは、自身も急激に横滑りをし空気に体をあおられる。
「いややぁぁぁっ!」
そしてヒトミは本当の悲鳴を上げた。
もはや高層ビルの屋上が目の前に迫っていたヒトミ達の位置。そのビルの屋上のわずか上に、宇宙怪獣にやられたらしい坂東の姿があった。
ヒトミと反対の方向に切り裂かれたパラシュートとともに、放り投げられた円盤のように回転しながら坂東の体が飛んでいく。
体勢をコントロールできていないのは誰の目にも明らかだった。弾き跳ばされ坂東の体は回転し、なす術もなく放物線を描きながらビルの谷間の向こうに消えていく。
「ヒトミちゃん!」
そのヒトミのキグルミオンの中に久遠の声が再生される。
「久遠さん! 隊長が!」
ヒトミは己の体を坂東の消えた方に向けた。その背中にはウサギのヌイグルミオンが、その長い耳まで使ってキグルミオンの背中に張りついている。
キグルミオンとヌイグルミオンの背中の向こうに、擬装出撃用ビルの屋上が迫ってくる。
坂東に気をとられたお陰か、宇宙怪獣はヒトミに手の届かない位置で地面に向かって落ちていく。だが激突する気はさらさらないようだ。宇宙怪獣は翼を拡げ直すと大地のビル群の屋上に接触し、そのコンクリートと鉄骨の固まりをなぎ倒しながら水平に体を直していく。
「ぐ……無事よ! 信じなさい!」
「だって! 隊長、『信じてるぞ』とかだけ言って――」
「信じてもらったのなら、信じなさい!」
「――ッ!」
「幸い今ので、気流の流れはこちらの味方よ! そのままビルの屋上に降りられるはず! ビルに着地して――ううん、そのままキグルミオンに乗り込んで!」
擬装出撃ビルの屋上から巨大な鉄骨が伸び上がっていた。
それは地下格納庫でキグルミオンをつっていた鉄骨だ。そのまま地下から屋上に伸び上がってきたらしい。鉄骨に続いてキグルミオンの巨大なシルエットが現れる。
ヒトミの着るキグルミオンのキャラスーツに瓜二つな姿。実際に宇宙怪獣と戦うキグルミオンのアクトスーツが、ヒトミに背中を向けてビルの屋上につり上がってくる。
中の人が居ない着ぐるみは、だらんと力なく肩と頭を落とし足を弛緩したようにぶら下げてつり下げられている。
そのアクトスーツの背中には縦一文字に走る巨大なチャックがあった。リニアチャックと呼ばれる自走式の金属質な開閉部が、夕日の光を受けて鮮やかな朱の光を返した。
チャックの回りには留守を任されていたヌイグルミオン達が、工事用とおぼしきヘルメットを被って多数しがみついていた。皆その背中にはリンゴスキーと同じく、遠足用としか見えないリュックサックを背負っている。
「く……この!」
ヒトミが進行方向正面に――キグルミオンの背中に未練を振り切るように体を向け直す。
平たい板状のスライダーが音を立てて下に向かって走る。瞬く間に最下部まで降りたスライダーがチャックを全開にした。
そのチャックの中は完全な闇だった。光を全く感じさせないキグルミオンの中に向かって、ヒトミのキャラスーツは滑るように向かっていく。
ヒトミの背後ではビルの残骸を巻き上げて、宇宙怪獣が再度空に舞い上がっていくところだった。
リンゴスキーがヒトミの背中から押し出すように離れた。パラシュートの助けを失いヒトミの体は慣性のままに放物線を描いてアクトスーツに向かっていく。
宇宙怪獣が低空で身をひるがえす。弧を描いたその巨体は、うねる風を巻き起こしながら擬装出撃用ビルに向き直る。そのまま拡げた翼で空気を受けるや、滑り降りるようにキグルミオンに向かっていった。
アクトスーツに張りついていたヌイグルミオン達が、リニアチャックに手をかけ足を巨大な着ぐるみの体の上で踏ん張った。重力に逆らって地面と水平にしたその身で、ヌイグルミオン達はヒトミの為にリニアチャックを左右に拡げる。
わずかに開いたその空間にヒトミは吸い込まれるように落ちていく。
宇宙怪獣がそんなヒトミのキグルミオンに襲いかかってくる。
ヒトミの体がアクトスーツの向こうに完全に消えた。同時にスライダーが最上部に滑り上がり、リニアチャックが音を立てて閉まる。
ヌイグルミオン達が一斉にキグルミオンから飛び降りた。
宇宙怪獣が牙を剥き、今まさにキグルミオンの背中に襲いかかろうとした。
その時――
「うわわわわあああぁぁぁぁあああああっ!」
言葉にならない雄叫びを上げ、自らを固定をしていた鉄骨をなぎ倒しながらキグルミオンが振り返る。
「隊長を、よくも!」
怒りの言葉とともに放たれたキグルミオンの右の拳が、宇宙怪獣の翼竜然とした左の頬にめり込んだ。
(『天空和音! キグルミオン!』三、威風堂々! キグルミオン! 終わり)
改訂 2025.08.01