二十五、国士無双! キグルミオン! 22
「――ッ!」
ヒトミの右手の先に何かが触った。
それは指先に伝わる小さな振動だった。キグルミオンのアクトスーツ。その指先に何かが触れる。
そしてそれは裏打ちされたベーススーツにも伝わり、エンタングルメントされた人のキャラスーツにも確かな実感として現れた。
だがそれはまだ指先だけの感覚だった。
求めていた宇宙飛行士の姿。その固定されたロボットアームの金属の筒だ。
ヒトミは指先に伝わった金属質な触感がまだ己の手には届いていないと瞬時に悟る。
「美佳!」
「了解……」
ヒトミの呼びかけに美佳が応えた。それと同時にヒトミの背中がバックパックが推進剤を噴射する。
ヒトミの体がぐっと前に持ち上げられるように動いた。
「掴んだ!」
ヒトミはわずかに動いた瞬間にロボットアームをその手の中に収めていた。
「アームの先端に、宇宙飛行士の姿を確認! 救助!」
ヒトミは一気にロボットアームを引き寄せると、その先端を完全に引き寄せた。
アームの先端には確かに宇宙服を着た人の姿があった。だがその動きはまるで力を感じさせない。
ヒトミが引き寄せた勢いに任せて、前後に体を揺さぶられるがままになっていた。
「美佳ちゃん! キグルミオン! 緊急反転!」
「了解! ヒトミ! 背中を地球に向けて! 落ちてる!」
久遠の指示に美佳が三たび珍しく声を張る。
「く……」
全てを指先に集中していたヒトミはその時ようやく自らの状況を知る。
「地球が……こんなに近くに……」
ヒトミは眼下に地球を見た。
昼から夜の面を見せはじめていた地球。それはいつもSSS8から見るものよりも、はるかな巨大なものになっていた。
「落ちてる……この!」
ヒトミは息を呑んで見た地球を振り払うかのようにその身を反転させた。
「方向転換! 上を向いたわ、美佳!」
ヒトミは地球を背中に向ける。そしてひしぶりに上下――天地の感覚を取り戻した。
大地という下がヒトミの背中に回り、ヒトミは天という上を見上げる。
そして上と下があるということは、それは落ちるという感覚を取り戻すことでもあった。
「――ッ!」
予告なしにヒトミの背中は誰かに押されたように〝その上〟に突き上げられた。
最大出力で背中のバックパックから推進剤が噴き出されていた。
久遠も美佳も作業に集中しているのだろう。ただただ無言でその推進剤はヒトミの背中を地球に落とすまいと噴出する。
「落ちて……たまるか……」
ヒトミはその重力に精一杯抵抗する力に、さらに自分が落ちていることを悟らされる。
だがヒトミの体は遅々として上に向かわない。
人類が生まれてこれまでずっと縛ってきた力が今ヒトミの体を掴んで放さない。
ヒトミの背中に冷たい汗が一つ、つぅと流れた。
それは地上にいた時はありがたい力だった。
今、その力が上に上がろうとするヒトミを地面へと引き戻す。
ヒトミは推進剤に身を任せるしかない。
地球はヒトミを上に行かせまいとし、その身をその体で引き寄せようとする。
自然と人類が手に入れた科学の力が今、ヒトミの体で拮抗していた。
その状況にヒトミは歯をくいしばることしかできない。
「ぐ……」
キグルミオンの手の中で宇宙飛行士がわずかに身じろぎした。
そのことを手の中の感触で知ったヒトミは、
「行かせて! 上に! 宇宙に!」
誰に向けてかそう願うように自然と叫んでいた。
「――ッ!」
そして〝その上〟から――その宇宙から、ヒトミをここまで運んできた破壊者が獲物を逃すまいと襲い掛かってきた。
(『天空和音! キグルミオン!』二十五、国士無双! キグルミオン! 終わり)
次回の更新は2016年1月4日を予定しています。
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