二十五、国士無双! キグルミオン! 21
「――ッ!」
ヒトミがあまりの衝撃に歯をくいしばる。
宇宙怪獣は後ろ襲い来るプラズマの光を右に左に避けながら、それでもまっすぐヒトミに向かってきた。
減速も一切なく宇宙の翼竜は、真空を自在に飛んできてそのまま巨大な着ぐるみにぶつかる。
ヒトミは全身を弛緩させてその身をバックパックの動きに任せていた。
それ故に宇宙怪獣の衝突の衝撃を全て一身で受け止めた。まるで子供に突然掴まれた人形のように、キグルミオンの体がくの字に曲がって後ろに飛んでいく。
それでいてヒトミはそのふわふわでもこもこの腕で宇宙怪獣の胴をがっしりと掴んだ。
ぶつかるだけでなくその力を最後まで利用して遠くに運ばせる為だ。
ヒトミは宇宙怪獣の肩と脇に両手を通し、斜めにタスキをかけるように宇宙怪獣の背中に手を回す。
両手は互いに届かなかったが、それでもヒトミは指先を食い込ませて宇宙怪獣の背中を掴んだ。
「ヒトミ! 体を反転して!」
そんなヒトミの耳元に、今度も珍しく声高に叫ぶ美佳の声が届く。
「了解!」
ヒトミの全身に一気に力が戻った。
ヒトミは美佳の指示の通りにキグルミオンの体を反転させる。
バックパックがその瞬間に推進剤を吹き出す。
わずかだがその動きでヒトミと宇宙怪獣の軌道が変わった。まるで地球に落ちていくようにその軌道が大きく弧を描く。
「軌道修正よし……ヒトミ……そのまま宇宙怪獣を抑えて……」
「分かってる!」
ヒトミの視線の先で宇宙怪獣の翼が暴れるようにのたうった。
ヒトミを振り払おうとしているのだろう。
「ヒトミちゃん! そのままよ! そのまま行けば、呉宇宙飛行士の下まで行けるわ!」
「はい、博士!」
「大きな運動エネルギーは、宇宙怪獣に稼いでもらいましょう! 軌道の修正は、こっちで私と美佳ちゃんがやるわ! ヒトミちゃんは、とくかく宇宙怪獣を放さないで!」
「分かりました! お願いします!」
久遠に応える間にも、ヒトミの腕の中で宇宙怪獣が暴れた。
そして闇雲に動く羽の向こうに見えるSSS8の姿がどんどんと小さくなる。
「……」
ヒトミがその光景に息を呑み込む。
その音が聞こえたのか、
「仲埜。今、お前は落ちている」
坂東が静かに語りかけてきた。
「はい……」
「怖いか?」
「少し……」
ヒトミが答える間にも、SSS8の姿は見る間に小さくなっていく。
「そうか……だが、信じろ。今、博士達が軌道を懸命に計算してくれている。須藤くんもお前のバックパックを操作してくれている。皆を信じれば、必ずどうにしかしてくれ。そして今、宇宙飛行士を救えるのは、お前だけだ。信じろ。信じるぞ」
「はい」
「よし。あと、15秒! 宇宙怪獣に喰らいつけ! そこでお別れだ!」
「はい!」
ヒトミが背中を反らして宇宙怪獣から顔だけ離した。それでいてまだ手は放さない。
「十、九、八……」
ヒトミの耳元で美佳のカウントダウンが始まる。
「一応、お礼を言っとくわ。ありがとうね!」
ヒトミが右足を上げ、膝を己の腹と宇宙怪獣の間にねじ込む。
「ヒトミ……宇宙飛行士と並んだ……ヒトミのちょうど背中……」
「了解!」
ヒトミは背中を見ようとしたが、実際は暴れる宇宙怪獣を抑えるためにその余裕はなかった。
ヒトミは後ろを向きかけた首を急いで前に戻す。
「じゃあ、三、二、一――」
「ゼロ!」
ヒトミが美佳の秒読みに合わせて宇宙怪獣から手を離し、その腹にねじ込んだ膝と一緒に相手を突き放した。
その勢いを借りて反転するヒトミの視界の端に、何かがキラリと光る。
ヒトミは鋭く半てしながら宇宙怪獣から離れ、
「届け!」
その手を力の限り目の端に光ったものに伸ばした。