二十五、国士無双! キグルミオン! 4
「船に、異常はない?」
SSS8の司令室。その船長の席につきながらサラは開口一番そうクルーに訊いた。
サラは司令室に入ってくるや否や、入り口の壁を蹴り自身の椅子に向かって飛んでいく。
サラは船長の椅子に手をかけて身を翻し、一刻の時も惜しいとばかりに目の前で背中を見せているクルーに問いかけた。
フランス語で発せられたその問いかけは、中国語に翻訳されてその男性クルーの耳に届けられる。
中国軍出身のミッションスペシャリストのようだ。肩に五星紅旗が縫い付けられ、無駄な贅肉を削ぎとした顔つきをしている。
「異常なしです、船長」
だが簡単なフランス語ならこのクルーには理解できるのか、中国語の翻訳が耳に届く前に答える。それもサラに合わせてフランス語だった。
「ありがとう。寝台特急で休ませてもらったわ。そっちもありがとうね」
「いえいえ。たまには、船長も重力下で休まないとですよ」
「それで、宇宙怪獣は? ハッブル7改から情報は? 今次の攻撃があるのは、精神的につらいわ」
「ないですね。ありがたいことです」
長くなったフランス語に今度は中国語の翻訳を聞き終えてから彼は答える。
理解はできるが慎重をきしたようだ。彼は耳を翻訳の方に傾けながらも、目はサラの方に向けながら振り返って答える。
そこから中国語で、サラの耳にはフランス語に翻訳されて届けられた。
「そう」
サラが額に影を落とし、憂いを帯びた表情で応える。
「被害箇所は甚大です。直すのにも、人員総出ですからね。宇宙怪獣になんて、かまってられませんしね。手伝いに来てくれるってのなら、歓迎しますけどね」
そのサラを元気づけようとしたのか、中国人クルーは明るく冗談めかして続ける。
「あんな恐竜みたいな体で、正確なトルク調整が必要な、宇宙船の修復作業ができる訳ないわ」
サラが目の前の計器類に手を伸ばしながら応えた。
「そうですかね? 無重力とはいえ、重い機材は運ぶのに骨が折れるんですよね。あの体なら、役に立ってくれそうですよ」
中国人クルーも前に向き直り自身の計器類に目を落としながら話を続ける。
一時も手を休めることなく、それでいて二人は会話を続けた。
「あなたも、修復ローテーションに入っていたわね。」
「ええ。こっちの仕事の合間にですね。人遣いが荒いです。ウチの上は」
「それは、どこも同じよ」
「まあ、自分が修復した箇所は愛着がわきますけどね。でも、どうせ手伝いに来ないのなら。次はウチ以外の区画に、突撃してくれるとありがたいですけどね。宇宙怪獣さんには」
「冗談が過ぎるわよ。人が一人亡くなっているのよ」
「オッケー、船長。喪に服して、シフトを最小限にしているイタリア人のクルーの分も、僕らは真面目に働きますか」
中国人クルーはそうサラに応えると、目の前の計器類に再び目を落とした。
そこにには数々の情報類が表示されては消えていくモニタがずらりと並んでいた。
その情報は刻一刻と違い内容に目まぐるしく切り替わっていく。
だがその中の一つ――ハッブル7改がもたらす情報だけは、
「宇宙怪獣、異常なしっと」
同じ『異常なし』の表示をずっと繰り返すだけだった。