二十五、国士無双! キグルミオン! 3
「まるでおもちゃ工場だね」
その男は遠足か社会見学にでもきた子供のように目を輝かせた。
安全の為にヘルメットをかぶったそのひさしの下で、茶目っ気のある笑みを浮かべる。
男の視線の先にはネコを模した着ぐるみの頭部が並んでいた。
レーンに乗せられていたそれらは、猫耳を柔らかに立て、猫ひげをピンと立てて、ふわふわでもこもこの頭部のシルエットを連ねている。
見るからに柔らかそうだ。
縫いぐるみの縫製工場だと言われればそのまま誰も疑わなかっただろう。
「大統領。一つ一つが宇宙怪獣に対抗できる兵器です」
だが笑みを浮かべる男の横にぴったりと張り付いた別の男がきっぱりとそれを否定する。
「でも、かわいいもんじゃないか」
大統領と呼ばれた男はそれでも笑みを崩さない。彼は数十人の人間に囲まれていた。
彼以外は全て険しい表情を浮かべており、その内半数は軍服に身を固めていた。
残りも堅いスーツに身を包みどこか厳粛な雰囲気で男を囲む。
周囲の雰囲気から浮いた笑みを浮かべた男が、周りの空気を気にした様子も見せずに工場の様子に笑みを浮かべている。
大統領は目を細めたままレーンを見つめて続けた。
「まあ、確かに子供にあげるには、大きすぎるけどね」
大統領が続けた通りその頭部はあまりに巨大だった。自動化が進んでいるのか、周囲で作業にあたる人間は少ない。だが時折通りかかる作業員は、その頭部を見上げて状況をチェックしていく。
その目にはバイザーのようなものがかけられている。全体が愛くるしいシルエットを形作る中で、その無機質な機械だけが異質に輝いている。
キグルミオンの頭部がどこかの軍事工場らしき場所で粛々とレーンを流れていく。
通常は別の兵器を作る工場なのだろう。それを急遽キグルミオン用に改変したようだ。
巨大な着ぐるみの頭部がレーンを流れる横で、作りかけと思しきミサイルがずらりと並んでいた。
作業員の一人が頭部を見上げたついでに大統領に手を振った。
大統領たちはレーンを工場の壁に設えられていた通路から見下ろしていた。
「ごくろう! 可愛い子たちだね!」
宇宙怪獣に対抗しうる兵器を量産する国の大統領が、その兵器を眼下に見下ろしながら陽気に応えてみせた。
「お土産に一ついかがですか? 閣下!」
作業員は気さくな大統領の返事に気を良くしたのか冗談めかして訊いてくる。
その様子に周囲のスーツ姿の男女の何人かがすっと大統領の前に人の壁を作った。
「慎ましい我が家には、このサイズは置く場所がないね。宇宙怪獣を倒した暁には、お土産用のぬいぐるみでも作るといいよ。それならウチでも置ける」
だが大統領は気にせず作業員に返事を返した。
「大統領……」
軍服姿の一人がその背中にそっと話しかける。
「なんだい。これぐらい、国民へのサービスさ」
「いえ、ハッブル7改のことですが……」
「ああ。そうだね。決断は今日までだったね。よし、今後も情報は、我々が有利なように扱いたまえ」
「犠牲が出る可能性がありますが……」
「……」
軍服姿の男の一言に大統領はすっと笑みを内に沈めて視線で答える。
「サー……イエッサー……」
軍服姿の男はそうとだけ応えて沈黙する。
「だって、こんだけあるだもの。使わないとね」
大統領はすぐに茶目っ気のある笑みを取り戻すと、眼下に延々と連なる着ぐるみの頭部を見下ろした。