三、威風堂々! キグルミオン! 12
旅客機の扉が勢いよく開けられた。高高度を飛ぶ機内に、外気圧との差が風を呼ぶ。
空を切り取るように開けられた扉の前。猫の着ぐるみがその風を受けながらのっそりと歩み寄る。
外の陽は沈む寸前の夕日と化していた。
「博士! 須藤くん! 離れていろ!」
猫の着ぐるみの後ろからヘルメットを被った坂東の顔がのぞいた。坂東はのぞかせた顔をそのまま背後に振り返らせる。
ヘルメットからわずかにはみ出した坂東の髪が風に乱雑に舞う。坂東のかけたサングラスがそのまま吹き飛ぶかのような強い風だ。
「はい!」
「ふふん……元よりそのつもり……」
久遠と美佳がドアとは反対側の壁のロープにつかまっていた。風に舞う髪を二人してそのままにし、足を踏ん張る為に拡げて立つ。
「仲埜! 空に出れば全て俺に任せろ!」
坂東はキグルミオンの背中に密着していた。
キグルミオンの胸の前で交差するベルト。きつく縛られたそれは背後の坂東と猫の着ぐるみを固く結びつけている。
「はい!」
キグルミオンの中からくぐもったヒトミの声が響いた。
ヒトミはキグルミオンの首を傾かせた。着ぐるみの足下遥か下に、ヒトミの暮らす街が見える。
そしてその上空で今は点にしか見えない翼竜の姿と、それにまとわりつくように旋回する自衛隊の攻撃機の影。
挑発するかのように近づいては離れていく攻撃機に、宇宙怪獣は威嚇の牙を剥いていることだろう。
「行くぞ!」
坂東が旅客機の床を力一杯蹴った。
「はい!」
ヒトミも同時に空に向かって飛び出す。二人の体は一瞬でドアの向こうに消えた。
二人の体は一体となって重力に吸い込まれるように自由落下を始める。
「ユカリスキー! リンゴスキー! ヒルネスキー! ゴーッ!」
風に負けまいと思ったのか、珍しく美佳が声を張り上げる。
その声に背中を押されるように、コアラとウサギ、ライオンのヌイグルミがドアからこちらも空に身を舞わせた。
遠足用としか思えないリュックサックを背負って、三体のヌイグルミがこちらも大地に吸い込まれていく。
「仲埜! スピードを稼ぐ! ほぼ垂直に落ちるが、耐えろとしか言い様がない!」
「はい!」
坂東は体を前に倒した。頭を下にして体を傾けた二人は、そのまま加速に身を任せて落ちていく。
その二人を囲むように三体のヌイグルミオンがやはり頭を下に落ちていく。
猫の着ぐるみと大男。コアラとウサギ、ライオンのヌイグルミのスカイダイビングの編隊が、宇宙怪獣目がけて落ちていく。
「隊長!」
ヒトミが不意に声を荒げる。思わず身をよじろうしたのか、固定されている体をわずかにひねった。
「どうした?」
「キグルミオンの内部モニタに、美佳から通信です! 宇宙怪獣が、急に上昇を始めたとのことです!」
キグルミオンの首が上げられた。頭を下に落下していたキグルミオンが、その頭部を上げて大地に目を向ける。
「何!」
坂東も着ぐるみの頭の脇から地面を見た。
その坂東の目を爆撃の機体の煌めきが惑わせる。夕日に丁度反射した陽の光が、坂東の目を一瞬くらませた。
「く……仲埜! 見えるか?」
「はい! 宇宙怪獣――大きくなってきます!」
「美佳くん! 自衛隊に緊急要請! 空対獣ミサイル発射!」
坂東がヘルメットのマイクに向かって叫んだ。
「ぐふふ……発射要請――済み!」
美佳の声が坂東のヘルメットで再生される。
同時に三体のヌイグルミオンが更に加速した。並列して落ちていたユカリスキー達が、二人を守らんとしてかキグルミオンと坂東の前に出る。
「皆? 美佳!」
「ふふん……ヌイグルミオンは皆、いい子……友達思い……」
美佳の声がキグルミオンの中で再生される。
「仲埜! 当初予定より高度でミサイルを爆発させる!」
宇宙怪獣の姿は加速度的に大きくなっていく。もはや翼を拡げ、威嚇に嘴を拡げている姿すらヒトミの位置から確認できた。
その宇宙怪獣の後ろを自衛隊の攻撃機二体が追う。
「はい! でも、これじゃ近過ぎませんか? 隊長は生身――」
「くるぞ!」
ヒトミの声は途中で坂東自信の声に遮られる。
その坂東の声を合図にしたかのように、攻撃機の翼の下で閃光が発した。
ミサイルだ。
翼下から放たれたそれは、機体を離れるや否や火を噴いて加速する。爆薬を内にはらんだ鉄の塊が、宇宙怪獣を追いかけるように四本の白煙を尾を引きながら急上昇していく。
だが実際には宇宙怪獣の脇をその四本のミサイルは通り抜けた。
その瞬間――
「仲埜! 目をつむれ!」
坂東の声とともにヒトミの眼下でミサイルが閃光とともに爆発した。
改訂 2025.08.01