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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二十四、捲土重来! キグルミオン!
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二十四、捲土重来! キグルミオン! 18

「美佳……泣いてるの……何で?」

 ヒトミがようやく顔を上げた先で待っていたのは美佳の真っ赤に腫らした半目だった。

「分かんない……」

 いつもの半目を充血させて美佳がヒトミを見つめている。

 美佳がかかえていたユカリスキーを更に抱き寄せた。初めはそれで泣き顔を隠そうとして、思いとどまったようだ。

 ユカリスキーの頭が美佳の顔下半分を覆う寸前に、その動きはピタリと止まる。 

「残酷なことを訊いた……そういえば、いつも一人で一番危ないところで戦わせてる……私もやっぱり死ぬかもしれない……色んなことがばぁっと湧き出てきて涙が出る――」

「美佳?」

「だって、ヒトミに何て声かけていいのか分からない……戦うって、宇宙だよ……ここ……ちょっと外壁が破れただけで、人は簡単に死ぬ宇宙だよ……そこであんな怖い宇宙怪獣とヒトミは戦ってる……でも、代わってあげることはできない……『ウィグナーの友人』には私にはなれない……」

「美佳ってば……」

「でも、ヒトミはいつも一人で戦いに出てる……しかも、あんな布切れみたいなスーツ一つで……私は比較的安全な場所で、サポートしてるだけ……ヒトミと一緒戦ってるつもりだったけど……私は指先と口先だけ動かしてるだけ……」

 珍しく美佳が長々とその内面の思いを吐き出す。

「……」

 ヒトミは最後はもう一度口をつぐんで美佳の言葉にじっと耳をすませる。

「次の犠牲者は私かもしれない……この中の誰かかもしれない……それでも……そんな可能性があっても、ヒトミなら助けてくれる……何となくそう思っていた……多分それは私の甘え……今も心の何処かに持ってる……情けない涙が出るような私の本心……」

「……」

「怖い……改めて人が死ぬという現実を突きつけられた……宇宙怪獣と戦うのは本当に怖い……私は泣き出すほど怖い……」

 真っ赤に腫らした目から、とうとうと涙をこぼしながら美佳は続ける。

 いつもの少し冷めたような、悪ふざけが入ったような口調ではなく、美佳は淡々と思いのままに言葉を続ける。

「……」

 周りの大人たちも黙って美佳の声に耳を傾けていた。

「落ち込んでるヒトミの力になれないのが、情けなくて泣きたい……ヒトミにどう接していいのか分からなくって泣いてしまいたい……でも、やっぱり怖いからヒトミに守って欲しくって泣けてくる……そんな自分勝手にやっぱり涙が出てくる……」

 美佳の口元に当てられたユカリスキーの頭部がうっすらと変色してくれる。

 気がつけば滂沱ぼうだと流れる美佳の涙がいつも一緒にいるぬいぐるみの背中を濡らしていた。

「……」

 美佳が外聞もなく派手な音を立てて一つ鼻水をすすった。

 涙にくしゃくしゃになった顔をユカリスキーの頭にうずめて、美佳はまだ溢れてくる涙を拭う。

「美佳……」

 今度はヒトミが美佳にかける言葉を失う。

 ヒトミは美佳の名を呼ぶだけで次の言葉が出なかった。

「でも、ヒトミ……」

 美佳がまだ涙で歪む瞳でヒトミを見上げる。

「何、美佳……」

「でも、ヒトミ――あえて訊きたい……今まさに、泣いている女の子がいたら、ヒトミは助けに立ち上がってくれる?」

 美佳が瞳の奥に力をわずかに取り戻す。

 目元はまだくしゃくしゃに歪んだままだが、その目の奥にはいつもの光を取り戻し始めていた。

「あ……当たり前だよ……美佳が泣いてたら、私は助けたいもの……」

「そう……ヒトミは友達だもね……でも、それが見ず知らずの女の子なら?」

「そ、それも当たり前だよ……」

「そう……ヒトミは着ぐるみヒーローだものね……じゃあ――」

 美佳がゆっくりと坂東に振り返る。

 相手がその視線の意味を理解する前に、美佳は続けて口を開いた。

「ここから下400キロメートル……地上で小さな女の子が泣いていたら……ヒトミは助けに飛び降りる?」

「へっ?」

 美佳の問いかけにヒトミは素っ頓狂な声を上げてしまう。

「質問の意味が〝曖昧過ぎて〟理解できない? それとも〝具体的過ぎて〟理解できない?」

 美佳がヒトミの瞳の奥をその半目で覗き込む。

「須藤くん……」

 黙って聞いていた坂東が美佳をたしなめようとするように手を伸ばしかける。

「……」

 その手を久遠が手を伸ばして制した。

「……」

 サラも無言で首を左右に振って、美佳に話を続けさせるように坂東に促す。

「ここは高度400キロメートルの宇宙……眼下には下手に降りれば途中で焼け死んでしまう大気圏が待ってる……無事地表に着地しても、そこに待っているのは誰も見たことがない――怪獣のような〝未知の〟生命体……そしてあなたは何故か、着ぐるみヒーローのような姿で……でも実際は着ぐるみヒーローでもなんでもなくって……もしかしたら宇宙怪獣と戦えるかもしれない装備を身につけていて……ただの船外作業テストをしていた……例えばそんな状況だったとして……」

 美佳が久遠とサラの助けを借りて続ける。

「美佳……それって……」

 ヒトミが息を呑んで美佳に問いかけた。

「例えばの話……今、その子を救えるのは、自分だけ……幸い〝彼〟をサポートするクルーは、その為の大気圏再突入用の緊急帰還船のゴーサインを出した……無茶だけど、ぎりぎりなんとかなる計算を、その人をサポートする世界的な頭脳たちは数分で叩き出した……彼は仲間を信じて飛び込めば、その少女を助けに飛び降りることができるチャンスをもらった……でもここは、90分で地球を一周する衛星軌道上……誰も命の保証などしてくれない世界……あと数分で決断しないと……その子の命はもうない……そう……そんな状況で必要なのは、今立ち上がる勇気……そして彼を地上に送り届けると言ってくれた仲間を信じる心の強さ……」

「美佳……」

「その人は立ち上がった……我が身を顧みずに……実際犠牲を払って、その女の子を救った……」

「須藤くん……」

 坂東が美佳の横顔をじっと見つめた。

「ヒトミは立ち上がる……そんなヒトミをずっと見てきたもの……だから、返事は要らない……今、何をすればいいか、ヒトミなら分かるはず……」

 美佳が最後に照れたように、そしてその照れをはにかんだ隠すように笑みを浮かべた。

「……」

 ヒトミは奥歯をぐっと無言で噛み締めた。

 そして――

「……」

 やはり無言で、それでいて力強く目の前にあったパンを掴み、ヒトミは喉の奥へと押し込んだ。

 

(『天空和音! キグルミオン!』二十四、捲土重来! キグルミオン! 終わり)

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