二十四、捲土重来! キグルミオン! 10
「あら、隊長……いらっしゃいましたか……」
誰も近寄らなかったテーブルに食堂車に入っきた二人の女性が近づいた。
「お酒とは珍しい……」
久遠は坂東に近づきながらその手元を覗き込む。
「ああ……博士か……」
坂東が久遠とサラに目を向けた。
食堂車の通路を久遠が前で後ろにサラがついてきている。
「あら、やっぱり本当は仲がいいじゃない?」
久遠の後ろについてやってきたサラがこちらは手元ではなく坂東の食事相手を見る。
久遠の肩越しに向けられたその視線は、相手が座っているというのに少しばかり上の方に向いている。
「ふん……違う……寝台特急に泊まる軍人は少ないからな……仕方なくこいつと話しているだけだ……」
イワンが坂東と話していた日本語をロシア語に切り替えて答えた。
イワンの手元には新しいグラスが置かれていた。
イワンはそれを手に取ると一気に飲み干す。
「ご一緒よろしいですか、隊長?」
「ああ、食事は俺たちも今からだ。一緒に食べよう」
「食欲はあまりありませんけどね……」
久遠が坂東の横の椅子に手を伸ばす。
「あら、椅子を引いてくださらないの? ロシアの大佐様は?」
サラがイワンの横の椅子に手を伸ばす。
「何の冗談だ、サラ船長?」
「あら、残念。でもせめて詰めてもらえます? お二人とも」
サラがイワンに話しかけながら自分で引いた椅子の背を揺らす。
屈強な身体をねじ込んでいる坂東とイワンの横は、確かに普通に座っていても手狭に感じられた。
「ああ……」
聞き慣れた要望なのか坂東がすぐに身体をずらし、
「ふん……」
イワンが鼻を鳴らしながらわずかばかり横に椅子をずらした。
「お酒だけですの、隊長? フライトサージャンとしては、あまり褒められませんね」
久遠が椅子に座った。
サラもその向こうでテーブルに着く。
「いや、ウェイターが注文を取りに来てくれない」
「あはは……お二人の雰囲気ではね」
久遠が苦笑いを浮かべると、少しは場の雰囲気が和らいだのかそのウェイターが近づいてきた。
「前菜はこれ、メインは魚で……あとワインをお願い」
サラが慣れた調子でメニューを指差しながらウェイターに注文を出す。
そしてメニューから目を離すと久遠を見た。
「ミズ・久遠は?」
「私は普通のセットで」
「食後は? ワイン? それともサケ?」
サラがイワンにメニューを渡しながら久遠に尋ねる。
「私、二十歳前――未成年ですから」
「あら? そう? あら、ウチは大丈夫な年齢よ? 日本は違うの?」
「ええ、二十歳にならないと、飲酒はダメですよ」
「ふぅん。宇宙食にワインがあればよかったのに。フランス管轄なら、法律もウチの規定だから。十六から軽いアルコールなら飲酒オッケーよ」
「はは……無重量状態で飲酒はちょっと……」
久遠がサラの申し出に苦笑いで応える。
久遠とサラが話している間にイワンと坂東が注文を終えていた。
ウェイターが二人の注文をメモを取ると一礼して去っていく。
「……」
ひとまず必要なことが終わると誰からともない沈黙が流れた。
やや饒舌だった四人はその反動のように一気に沈黙する。
「ヒトミちゃん、来ませんね……」
久遠はその沈黙から逃れるように食堂車のドアの向こうを見た。