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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二十四、捲土重来! キグルミオン!
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二十四、捲土重来! キグルミオン! 3

「……」

 蓬髪めいたみだれ髪をくしゃくしゃに掻いて、男はやり場のない思いをその唇で表した。

「何で若い奴の命を持ってくかね……ここに使い古されたジジィがいるってのに……」

 鴻池天禅は奥歯を噛み締めながら、唇を横に広げで震わせる。

 内に怒りは溜まっているが、その出口が分からずおののいている――そんな風に鴻池は口元を震わせた。

 視線もまっすぐではなく、どこか現実から目をそらすように斜めに向けられていた。

 鴻池はモニタを見上げていた。

 彼の両端に人の列ができている。壁際に並んだその人の列は、廊下の左右を埋めていた。

 上下左右のない宇宙で、珍しく人々は左右対象に並んでいた。

 彼彼女らは葬儀の参列の為にならんでいた。死者を見送るに際しては死者の上や下を埋めるのは、やはりはばかられたのだろう。

 廊下の所々にあるモニタが、その葬儀の進み具合を教えてくれる。

 モニタの中では若い物理学者に皆が最後の別れをしているところだった。六人の男女に担がれた若い物理学者の亡骸が、皆に見守れながら食堂を出て行く。

 この若者を担いでいる一人はさらに若い少女だった。

「……」

 鴻池はいたたまれなくなったのか、モニタから視線を落とす。

「エンリコか……」

 鴻池は亡くなった若者の名を呟く。

「センセー……」

 鴻池の隣にいた南アジア系の女性がその様子に振り返った。ヒトミのフライトサージャンの一人プーランだった。

「ああ……彼は、イタリア人だったね……イタリア人物理学者でエンリコと言えば、何と言ってもフェルミ……『フェルミオン』のエンリコ・フェルミだね……彼にあやかったのかな……何度か会って話してるんだけどね、聞き損ねたね……」

 鴻池は饒舌に応える。しゃべることで気持ちの整理をしているようだ。

「……」

 その顔を覗き込みプーランが憂に表情を曇らせる。

「彼の研究テーマはなんだったかな……彼の論文は……ああ、そうだ……僕は彼の論文を、ろくに読んでない……まだ若くって、穴だらけだったんで……一回読んで、今後に期待とか思ったんだ……でもちゃんと評価されて、期待されて、ここまで来てるんだ……もっと真剣に読んでおくべきだったかな……」

「センセー……センセーが気にやむ……ない……」

 プーランは片言の日本語で鴻池を気遣う。

「プーランくん……彼が死んだのは、僕のせいでもある……知ってるだろ……ここを戦場にしたのは僕だ……」

「……」

「地上に無闇に降りられるよりもと……ここでキグルミオンで迎撃する道を開いたのは僕だ……」

「……」

「犠牲を想定していなかった訳じゃないが……これほど辛いこととは……」

「どこで犠牲出ても、一緒……皆、覚悟してる……」

「それは宇宙で万が一があった場合の覚悟で……人類の為に盾になって犠牲になることじゃない……僕は少し甘かったのかもしれない……」

「センセー……しっかり……ほら、来ます……」

 プーランが視線で鴻池を促した。

 プーランが向けた視線の先では、軍服を着た男女の姿が見えきていた。

 整然と並んでいた長い参列者の列が、そこだけ乱れていた。

 亡骸を担ぐ男女の背中を左右の参列者が押していた。

 宇宙で前に進む為には自ら取り巻く構造物を蹴るか、誰かに押してもらうしかない。

 死者を見送る葬列に飛び跳ねるような移動は似つかわしくないのだろう。そして皆がその死者を送る意思を表す為だろう。六人は参列者に背中を押してもらうことで、まっすぐ整然と目的地に向かう。

 代わりに背中を押した参列者の列はそれぞれに乱れた。

 まるで堰を切って悲しみが流れるように、その列は死者を送り出すごとに次々と崩れていく。

 背中を押したまま震える者。差し出した手を力の限り振る者。押し出し手のひらでそのまま拳を握る者。それぞれの悲しみの表し方で、死者の通った後は散り散りに乱れた。

「……」

 鴻池の前を死者が通る。

 鴻池は震える手でヒトミの背中を押した。

「……」

 ヒトミがそのことに気づいたのか、ちらっと鴻池の方に目を向けると無言でうなづいた。

 その横ではプーランが坂東の背中を押し、坂東も目でそのことに応えた。

「……」

 鴻池は死者を送り出した反動で体が横転する。そのことで去り行く死者に正面から向き合った鴻池は、しばらくその後ろ姿を見送った。

「……」

 鴻池は葬列が小さくなっていくのを見送ると、ズボンのポケットから情報端末を取り出した。

「お前はどう思う……お前も当事者だ……お前と同じく二十世紀の頭脳にあやかった名前の若者が死んだぞ……」

 鴻池は情報端末を取り出すと、そこに写った写真に向かってつぶやく。

 そこには若き日の鴻池と、一人の若者の姿が映っていた。

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