二十四、捲土重来! キグルミオン! 2
「……」
宇宙怪獣対策機構のアルバイトオペレータ――須藤美佳は、いつもの半目を物憂げに細めていた。
それは追悼の意を表す心の窓だったらしい。
今美佳の目の前で息子の死を嘆く母親の姿がモニタに映し出されていた。
美佳は食堂で執り行われている葬儀に参列していた。地上から持ち込んだ制服に身を着替え、クルー達の中に交じり神妙な面持ちでその進行を見守っている。
モニタは亡骸の向こうの壁に掛けられていた。
母親は泣き崩れそうになりながら父親に支えられて言葉をなんとか絞り出している。
その悲壮な表情に美佳は思わず両手を前に抱きしめようとした。
だがいつもそこにいる友人は今は胸の中にいなかった。
葬儀の場にはその姿は似つかわしくないと判断したのか、そこにいつもの愛くるしい笑顔を振りまく縫いぐるみはいなかった。
美佳の手はいつもの縫いぐるみを抱きしめることなく空虚に己の胸を抱く。
己の手首を掴んだその腕はぎゅっと力が込められいた。
美佳はただただ無言で死者の両親の別れの言葉を聞いた。
「……」
そんな美佳の横に寄り添うように白衣の女性が浮かんでいた。
こちらも無言だ。
宇宙に上がった実戦物理学者――桐山久遠は、美佳と同じモニタをその特徴的なつり目でじっと見つめる。
そして時折その横に浮かぶ美佳の様子を横目で見ていた。
そしてモニタからも美佳からも目を離して、久遠は亡骸に寄り添って浮かぶヒトミの背中も見つめた。
美佳と久遠からはヒトミの背中しか見えない。
ヒトミは心身ともに鍛えられた軍人の中に交じり、それでも遜色なくしゃんと背筋を伸ばして出棺の時を待っていた。
「ヒトミ……」
同じ姿を見守っていたのか美佳が不意にヒトミの名をつぶやく。
「辛い仕事ね……」
美佳に合わせて久遠が静かに応える。
「ヒトミが自分から言いだした……」
「辛いのは分かってたでしょうに……」
「棺があれば、もっと気が楽だったかも……」
「そうね……でも、宇宙にはぎりぎりのものしかないわ……」
「……」
美佳がヒトミの背中を見つめる。
ヒトミの目の前にある人の形に起伏した布。そこに動かない人間が横たわっているのが知れる。
「ヒトミが人の死に直面するのは、多分三度目……」
美佳が再び口を開く。
「最初の宇宙怪獣襲撃の時と……」
「基地近くでの戦闘……あの時の自衛隊の方の犠牲の時……」
「それと今回ね……でも、ヒトミちゃんが直接人の死に触れるのは、今回が初めてのはずね……」
「うん……」
「だからかしら……」
「……」
「……」
モニタの中の母親が感極まって言葉を失うと、二人も同時に口をつぐんだ。
二人は黙ってヒトミの背中を見つめる。
ヒトミは母親の言葉を無言で聞き入っていた。
美佳と久遠からはやはりヒトミの表情は伺いしれない。
だが父親が最後に救助にあたったクルーに向けて感謝の言葉を口にすると、ヒトミは無意識にかうつむいた。
この時ばかりは美佳と久遠だけでなく、この場のほぼ全員の視線がヒトミに向けられる。
ヒトミは背中と肩で多くの視線を受け止め、しばらくそのまま顔を上げることができなかった。
「……」
その様子にはサラも思わず目を向けていた。
「では、エンリコ・アルタフィーニの亡骸を、地球に」
だがサラが息を呑んで合図の言葉を口にすると、ヒトミは意を決したように顔を上げた。
ヒトミが亡骸を包む布に手を伸ばす。
ヒトミは無言で布の端をしっかりと掴む。
その動きで遺体は少し揺れたが、もちろん中の人間は全く動かない。
「……」
坂東も同じく手を伸ばしながらヒトミを横目で見た。
「……」
クルーに最後に別れの時間を与える為にか、サラがしばし静かに目を瞑って黙祷する。
「大丈夫か……」
その時間を利用して坂東がヒトミに静かに問いかけた。
「大丈夫です……」
ヒトミはぽつりとつぶやくように答えると、
「出棺」
サラの合図にその亡骸を肩に担ぎ上げた。