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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二十四、捲土重来! キグルミオン!
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二十四、捲土重来! キグルミオン! 1

二十四、捲土重来! キグルミオン!


「彼――エンリコ・アルタフィーニは、数々の天文学者を生み出したイタリアの青年らしく、毎夜天空に輝く星々を眺めては、その不思議に思いを巡らせる少年時代を過ごしました。そして、その類い稀な知力と、貪欲なまでの探究心、そして何よりも瑞々しまでの活力で。若くして、この宇宙に浮かぶ粒子加速器まで――そう彼が幼年の頃、目を輝かせて見上げたこの天空にまでやってきました」

 スペース・スパイラル・スプリング8の船内に、故人を偲ぶ追悼の言葉が厳かに告げられた。

 各国の言語に翻訳されたそれは、船内の隅々まで届けられる。

「宇宙はもちろん彼を歓迎しました。彼が関わるプロジェクトは、順調に進捗し、多くの科学的成果を成し遂げました。今回も彼は、次なる研究の為に、粒子ビーム装置の点検に自ら買って出ましたた。そう、彼のあくなき向上心を襲ったのが、今回の悲劇でした」

 元の言語はフランス語だった。

「彼は一人の明るい青年でもありました。皆さんも一度は見たはずです。研究の進み具合を。その成果を。そして何気ない日常の喜びを……彼がそれを生き生きと伝えてきたときの笑顔を……」

 SSS8のサラ・イザベル・パトリシア・ンボマ船長は、一人の科学者として、そしてこの船の長として言葉を紡ぐ。

 彼女の目の前には即席の遺体安置所が設けられていた。

 一番多くの人が集まれるという理由で、食堂が選ばれたようだ。

 テーブルや椅子が片付けられ、厨房の窓は閉じられていた。

 食券の発売機など日常が感じられるものに黒い布が掛けられ、やはりロープで固定されていた。

 日頃は数人集まっただけで賑やかになる空間。そこに多くのクルーが集まり、皆静かにサラの言葉に耳を傾けていた。

 サラの目の前に長身の男性が横たわっている。それが亡骸であるのは、全身を覆うように布がかけられた様子からすぐに分かった。

 だが地上のそれと違い、その布も遺体も宙に浮いていかないようにロープで固定されている。

 遺体の安置台はテーブルを流用しているようだ。使えるものに限界のある宇宙空間で、そのことに文句を言う人間はいない。しかし流石に食堂のテーブルではなく、他の部屋の会議用のものが使われていた。

「残念ながら……その笑顔は、もう見ることはできません……」

 サラの声は船内の全てのクルーに届けられていた。

 サラの追悼の声は食堂に集まり切れなかったクルーの下へも届けられる。

 各国の占有区域に。共有の施設に。共同研究施設に。トレーニングルームに。寝台特急の中に。

 宇宙という厳しい環境では、多くのクルーがこの葬儀の中でも己のすべきことを止める訳にはいかない。皆が何かの作業やトレーニング、そして必要な休息の時間をとりながら、サラの言葉に耳を傾けていた。

 それは船外で活動する人間も例外ではなかった。

 先の戦闘で壊れた外壁で、数人の宇宙飛行士が作業に当たっていた。

 彼彼女らはロボットアームの先端に乗り、応急のパネルをその損傷部に当てている。

 そして腕だけは休めずにサラの声に聞き入っていた。

「私達は彼の亡骸を、彼の生前の遺言の通りに、地球に返すことにします。彼は宇宙で最後を迎えることがあるなら、地球の大気圏に火葬して欲しいと、生前に遺志を書き残していました。そう。彼は文字通り地球に還るのです。では、最後の見送りの言葉を、イタリアの大統領と、彼の優しいご両親からいただきます」

 サラの言葉に食堂内のモニタが反応した。

 そこに初老を迎えた女性が喪服に身を包み、それでも背筋をぴんと伸ばした姿で映し出される。

 イタリアの大統領である彼女は、全ての国民を代表して犠牲者の偉業を讃えた。

 大統領の言葉が始まると、数人の男女が床を蹴り無重力に任せてその遺体に近づいた。

 亡骸を運ぶ役目を担った男女六人が、最後は即席の安置台に手をついて止まった。

 六人は両方から同時に飛んでくることで、互いの慣性を相殺して見事に遺体の横で止まってみせた。

 その内、頭部に並んだ男女の二人は軍服に身を固めていた。その二人の両肩にはイタリアの国旗と空軍旗が縫いつけられている。

 同郷のクルーが先頭を任されたようだ。二人の男女の軍人はこの無重力の中で、まるでどこかに縫いつけられたかのように直立不動の姿勢をとってみせる。そして演説を続ける大統領に敬礼をし、その内容に聞き入った。

 足の方に近づいたのは屈強な体躯を誇る男性二人だった。

 二人は宇宙用の作業服に身を固めていた。

 一人の肩には日本の日の丸の旗が、もう一人の肩にはロシアの三色旗がそれぞれ縫いつけられている。

 一人は岩のような険しい顔で、一人は氷河のような厳しい顔で。敬礼こそはしていないが、最大限の敬意を払うように胸を張ってその場にこちらも直立する。

 宇宙怪獣対策機構の隊長と呼ばれる元自衛隊レンジャー――坂東士郎が、ロシアの現役軍人であるイワン・アレクセイヴィッチ・ジダーノフ大佐と向き合っていた。二人は遺体搬送の為に、その足元で静かに向かい合う。

 イタリアの軍人とロシアのイワンの間には、アジア系の女性が入った。こちらも軍服にこそ身を包んでいないが、そのきびきびとした動きからすぐに軍関係者と知れた。

 彼女の宇宙用作業服の肩には中華人民共和国の五星紅旗が縫いつけられている。事故現場の管轄区域を代表して選ばれたようだ。

 宇宙にまで上がってきた軍人らしく鍛えられた四肢をみせる女性は、やはり芯の通った背筋で持ち場に着く。

 そして最後の一人は軍人でも宇宙飛行士でもなかった。

 彼女は周りの屈強な大人とも違いまだ女子高校生ですらあった。

 だが彼女は軍関係者五人に囲まれて、そして遺体を前にして、彼女なりに胸を張ってその任に着く。

 モニタの中ではまだ六十にには届かないであろう夫婦が、それでも一気に年老いたかのような憔悴しきった顔で映し出されていた。

 母親は父親に支えられ、やっとのことで息子の亡骸に呼びかけていた。

 父親は多くを語らずその母親の肩を何度も励ますようにさすっていた。

 少女はそのモニタを何かそれが義務でもあるかのように食い入るように見つめる。

「……」

 坂東がそんなモニタから目だけ離して視線を寄越し、己の隣に並んだ少女の様子を見る。

 サラも少女に目を向けた。サラの背中には今だけはいつもの縫いぐるみは背負われていなかった。

「……」

 少女はモニタから目を離さない。

 そしてモニタの向こうの母親が感極まって言葉を失った。代わりに言葉少なかった父親が、最後に救助活動に携わった全てのクルーに感謝の言葉を述べた。

「――ッ!」

 少女はその瞬間に思わずにか下を向いてしまう。

 一瞬この場の全員の視線が少女に向いた。

 目の前のクルーを助けることができなかった少女――仲埜瞳は、

「……」

 しばらく顔を上げることがてきず感謝の言葉をその頭上で聞いた。

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