三、威風堂々! キグルミオン! 10
「隊長!」
着ぐるみ姿に着替えたヒトミが、誰よりも早く坂東の下に駆け戻った。
その後ろに息を呑んだ表情で久遠が駆け寄る。
「分かっている」
坂東は壁際の無線機を取り上げていた。真剣な眼差しで坂東はその無線機から再生される音声に耳を傾けていた。
坂東はそのまま一言二言と無線機に向かって冷静に何か指示を出した。
旅客機のエンジン音が増した。同時に小さな窓越しに見えるスクラムジェットエンジンが、最大出力になったのか翼を細かく震えさせる。
沈み始めていた陽の光を窓から受けながら、坂東は更に無線のやり取りを続ける。
「早く空港に戻らないと。自衛隊は何と?」
無線を置いた坂東に久遠が訊いた。
その後ろでは美佳が珍しく一人で戻ってきた。遅れてきた美佳は後部格納庫にでも置いていたのか、いつもの情報端末を手にしていた。
「自衛隊はスクランブル済みだ。勿論空対獣ミサイルは役に立たんだろうがな」
「時間稼ぎをしてくれるんですか?」
ヒトミがキグルミオンの中からくぐもった声で口を開く。
「向こうは建前上は倒す気でいるがな。結果としてはそうなるだろう。だが問題はそこではない」
「ふふん、そう……問題は宇宙怪獣……」
美佳が情報端末を皆に向ける。
「宇宙怪獣が問題なのは、いつものことだと思うけど?」
ヒトミがキグルミオンの首を傾げさせながら美佳の手元をのぞき込む。
「そうだ。問題は今回の宇宙怪獣だ」
「翼竜? 空を飛んでるの? 初めてのタイプですわね?」
同じく情報端末を覗き込んだ久遠が眉間にシワを寄せた。
そう。美佳の手元の情報端末の中では、遠目ながらしっかりとその空に浮かぶ姿が写っていた。
古代の翼竜を思い起こさせる翼のついた巨大は虫類の姿だ。沈み始めていた陽に照らされて、宇宙怪獣はその羽を羽ばたかせている。
「えっ? 空を飛ばれちゃ――」
「そうね。キグルミオンでは、空を飛べないわね」
「そうですよね! どうするんですか? 実はキグルミオン飛べたりするんですか?」
「ぐふふ……頑張ってみる……ヒトミ……」
美佳が意地悪な半目をヒトミに向ける。
「いや、頑張って何とかなるなら、頑張るけど! そこは頑張りようがあるところなの?」
「仲埜。この様な事態は、勿論我々も想定済みだ」
坂東がヒトミの――キグルミオンの瞳をじっと見つめる。
「〝プロジェクト・キャラハイ〟。アレですね」
久遠がアゴに手をやりながら坂東に代わって口を開く。
「そうだ。空を飛ぶ宇宙怪獣に対応する作戦だ。だがその為にはまず我々は、擬装出撃ビルに戻らなくてはならない」
「じゃあ、戻れば手があるんですね?」
「ある。だが、机上の作戦計画でしかない。しかも訓練も何もない状態。仲埜」
坂東の眼差しはキグルミオンを――ヒトミを真っ直ぐ貫く。
「何ですか?」
「俺を信じるか?」
坂東は最後までヒトミから視線をそらさない。
そんな坂東にヒトミは、
「はい!」
こちらも真っ直ぐな視線で答えた。
「では、急いで空港に戻らないと。地上も交通管制を敷いてもらって――」
「いや、空港には戻らない」
久遠の発言を途中で区切り、坂東は窓の外に振り返る。
「えっ?」
ヒトミも坂東につられて窓の外を見た。
海上空港に戻るはずの機外の風景。海の向こうに空港が見えてしかるべきはずが、実際に眼下に見えたのは内陸部の市街地だった。
「隊長……まさか……直接帰還させるおつもりですか?」
久遠が息を呑む。
「そうだ。パラシュートで降下する」
「ええっ!」
坂東の言葉にヒトミが素っ頓狂な声を上げた。
「ふふん……一度戻るとなると、その間に街が蹂躙される……」
「民間人は避難させているとはいえ、私達が時間をかけてしまうと諸外国が黙っていないはず――確かに、時間はかけられませんわね……」
美佳と久遠は坂東の提案にそれぞれ納得するようにうなづいた。
「仲埜。宇宙怪獣は我々の本部のある街に今回も出現している。とれるだけ距離はとるが、我々は宇宙怪獣の脇を抜けて降下することになる? いいな?」
「危険は承知です……」
ヒトミが息を一つ呑みながら答えた。
「よし。幸いこの機は無重力体験機。高高度までの到達が可能だ。なるべく高高度に達して、そこから飛び降りる。地球の重力を利用して高速で、宇宙怪獣の攻撃を避けて降下するぞ」
「はい! でも、皆さんはともかく。私、パラシュートなんて使ったことありませんよ」
「ぐふふ……私もない……」
「私もないわよ。それにパラシュート降下するのは、ヒトミちゃんだけでしょ?」
「ええっ!」
ヒトミが驚きに奇声を発すると、それを合図にしたかのように後部格納庫のドアが開いた。
ドアの向こうからユカリスキー達ヌイグルミオン三体がこちらに走り寄ってくる。
三体は神輿を担ぎ上げるかのように、それぞれ手を挙げて大きな荷物を力を合わせて運んでくる。
それはリュック状の形をしていた。パラシュートのようだ。背中で背負う為の上部なバンドが大きな袋についている。
「これで、降下するんですか? 素人に扱えるものなんですか?」
「大丈夫だ、仲埜。よく聞け。どんな人間でも、初めてのパラシュートはタンデムジャンプで行う」
坂東はヌイグルミオンからパラシュートを受け取った。
「『タンデムジャンプ』?」
「そうだ。二人一組になって、熟練者が初心者を自分に縛り付けて飛び降りる。このタンデムジャンプと呼ばれる方法で、俺が一緒に降下する」
早くもパラシュートを背負い始めた坂東に、三体のヌイグルミオンが手伝おうとしてかわらわらと群がった。
そのヌイグルミオン達は何故か、遠足にでも出かけるような子供用のリュックをそれぞれ背負っていた。
「ヒトミちゃんを前に、坂東隊長が後ろになってね。ヒトミちゃんは隊長に固定してね。パラシュートの操作とかは全部任せればいいから」
「はぁ」
「ぐふふ……さすがのヒトミも、怖いと見た……」
「いや、そうじゃなくって……その――この格好のままですか?」
ヒトミは己の姿を見下ろす。ヒトミの姿は勿論間違いなようもなく――猫の着ぐるみ姿だ
「そうだ」
坂東はどこまでも真面目な表情でヒトミに振り返る。
「ぐふふ……大の大人が、猫の着ぐるみとパラシュート降下……これはやっぱり、ヌイグルミオン達にも参加させないと……」
美佳は怪しげな笑みを浮かべると、可愛らしいリュックを背負ったヌイグルミオン達に目を細めた。
改訂 2025.08.01