二十三、縦横無尽! キグルミオン! 19
「――ッ!」
キグルミオンのふわふわでもこもこの拳。それが固く握られていた。
怒りのまま力の限り握られた拳が、まるでドローン・キグルミオンの横っ面に殴りかかるように振り抜かれる。
実際はヒトミの拳はドローンに振り下ろされず、そのバイザーの横ぎりぎりをかすめるように放たれた。
全身の光を集めたように拳の先から閃光が瞬く。眩しいまでの光が一瞬周囲の宇宙を染め上げた。
まるで本当はそちらに向かって殴りかかったかのように、クォーク・グルーオン・プラズマの光がドローンの横っ面で放たれる。
バイザーが放つ人工の光を飲み込みハレーションを起こしながらプラズマは奔流となって放出された。
「……」
上下左右に激しく乱れるプラズマの激流は相手の横顔をかすめ、その稲妻めいた軌跡でバイザーを焼く。
プラズマと反応したのかバイザーが火花を散らした。そして耐えかねたように内側から爆ぜるように斜めにヒビが入った。
プラズマは行きがけの駄賃にドローンのバイザーを焼くと、そのまま宇宙怪獣の頭部に襲いかかった。
そのプラズマは今まで一番大きなものだった。
宇宙怪獣は実際に光に呑まれる前に、その迫力に呑まれたように身動きもままらずに奔流に襲われる。逃れようと僅かばかりに首を逸らそうとするが、その長い首をもってしても避けきれなかった。
光が海竜然とした宇宙怪獣の首から上全てを飲み込む。
バイザーをかすめるだけで破壊したプラズマの光の直撃は、宇宙怪獣の首から上を一瞬で吹き飛ばした。
宇宙の真空故か、それとも上げる暇もなかったのか。宇宙怪獣は断末魔の悲鳴を上げることもなく絶命する。
残された四肢と尻尾が
ヒトミの怒りが込められたプラズマはそれでもその怒りが収まらないとばかりに、その向こうの宇宙へと向かって放たれていく。
そのプラズマの先に待っていたのは全宇宙をまたぐように光る荊状発光体だった。
神の裁きのムチとも、女神の閉じられたまつ毛とも、それらの頭上に掲げられた荊の冠とも言われる荊状発光体。
ヒトミの放ったプラズマはしばらく勢いをもったままその荊の光に向かっていった。
もちろんその宇宙の果ての謎の光に届く前に、プラズマの光は急速に勢いを失って消えていく。
「……」
残されたのは無言で向き合うキグルミオンとそのドローンだった。
プラズマを放った勢いで止まったヒトミは、鼻先を突きつけ合わせるようにドローンとにらみ合う。
キグルミオンの着ぐるみ然としたつぶらな瞳が、バイザーで隠されたドローンの瞳に向けられる。
ドローンのバイザーに入ったヒビから、僅かばかりにその瞳が覗いていた。
バイザーの奥に潜んでいた瞳は、やはりキグルミオンのそれとよく似ていた。
「……」
宇宙に浮かぶ二体の着ぐるみはしばらく無言でにらみ合う。
ドローンの背中の向こうで頭部を失った宇宙怪獣が、ぐらりと身を崩した。
地球の重力に抗えなくなったらしい。四肢から力の抜けたその巨体が、ゆっくりと地球に向かって崩れ落ちていく。
宇宙怪獣の体がSSS8の脇を抜け、地球に向かって引かれるように落下していった。初めはゆっくりとしたうごきだったそれは、真空故に何者にも邪魔されることなく加速していく。
そして地球の成層圏に捉えられるとようやく減速するが、そのまま大気圏突入の熱に焼かれてすぐに塵と化していった。
「……」
だがヒトミはそんな宇宙怪獣の最後に目を向けようともせずに、ドローンとのにらみ合いを続ける。
「ヒトミ……」
そんなヒトミの耳元に美佳の声が再生された。
「何?」
「米軍から抗議……友軍の近くでの攻撃……損害が出ているとのこと……」
「見れば分かるわ……」
「そう……それと、宇宙怪獣の消滅を確認……撤退する……ヒトミはそのドローンの進路上に居る……今すぐその場を退くようにとのこと……」
「……」
美佳の声を耳で受けながら、ヒトミの瞳はドローンから離れない。そしてそのことで意思を表したように、その場から動こうとしなかった。
「仲埜……」
ヒトミの耳元に今度は坂東の声が再生された。
「隊長……」
「SSS8からの要請だ……犠牲者の収容に手を貸して欲しいとのことだ……」
「……」
「ドローンでは、細かい作業はできない……」
「……」
「その場を離れて、お前が亡骸をご遺族に返す手伝いをしてやれ……いつまでも、冷たい真空に独りで漂わせてやるな……」
「……分かりました……」
ヒトミは坂東に応えるとようやく身を翻した。ヒトミのその動きに応じてバックパックが推進剤を吹き出す。
キグルミオンの巨体がドローンに背を向けて真っ直ぐSSS8に戻っていく。
ヒトミを待っていたのは宇宙に向けて亀裂をさらしていたその無残な外壁だった。
この距離と角度ではその亀裂からは何も見えない。
ヒトミの背中でドローン・キグルミオンがこちらも推進剤を吹き出して動き出した。ドローンは亀裂の向こうに何もないかのようにその場を離れていく。
ヒトミはその様子に振り返りもせずに外壁にたどり着いた。
クォーク・グルーオン・プラズマを放ったままに、ずっと固く握られていたキグルミオンの拳――
「……」
ヒトミは外壁の亀裂に手を伸ばすとようやくその震える拳を開いた。
(『天空和音! キグルミオン!』二十三、縦横無尽! キグルミオン! 終わり)




