表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二十三、縦横無尽! キグルミオン!
359/445

二十三、縦横無尽! キグルミオン! 20

「――ッ!」

 キグルミオンのふわふわでもこもこの拳。それが固く握られていた。

 怒りのまま力の限り握られた拳が、まるでドローン・キグルミオンの横っ面に殴りかかるように振り抜かれる。

 実際はヒトミの拳はドローンには振り下ろされず、そのバイザーの横ぎりぎりをかすめるように放たれた。

 全身の光を集めたように拳の先から閃光が輝く。(まぶ)しいまでの光が、一瞬周囲の宇宙を()め上げた。

 まるで本当はそちらに向かって殴りかかったかのように、クォーク・グルーオン・プラズマの光がドローンの横っ面で放たれる。

 バイザーが放つ人工の光を飲み込みハレーションを起こしながら、プラズマは奔流となって放出された。

「……」

 上下左右に激しく乱れるプラズマの激流は、相手の横顔をかすめ、その稲妻めいた軌跡(きせき)でバイザーを焼く。

 プラズマと反応したのかバイザーが火花を散らした。そして耐えかねたように内側から()ぜるように斜めにヒビが入った。

 プラズマは行きがけの駄賃(だちん)にドローンのバイザーを焼くと、そのまま宇宙怪獣の頭部に襲いかかった。

 そのプラズマは今までで一番大きなものだった。

 宇宙怪獣は実際に光に()まれる前に、その迫力に()まれたように、身動きもままらずに奔流(ほんりゅう)に襲われる。(のが)れようとわずかばかりに首を()らそうとするが、その長い首をもってしても()けきれなかった。

 光が海竜然とした宇宙怪獣の首から上、全てを飲み込む。

 バイザーをかすめるだけで破壊したプラズマの光の直撃は、宇宙怪獣の首から上を一瞬で吹き飛ばした。

 宇宙の真空(ゆえ)か、それとも上げる暇もなかったのか。宇宙怪獣は断末魔の悲鳴を上げることもなく絶命する。

 ヒトミの怒りが込められたプラズマは、それでもその怒りが収まらないとばかりに、その向こうの宇宙へと向かって放たれていく。

 そのプラズマの先に待っていたのは、全宇宙をまたぐように光る茨状(いばらじょう)発光体だった。

 神の(さば)きのムチとも、女神の閉じられたまつ毛とも、それらの頭上に(かか)げられた茨の冠とも言われる茨状(いばらじょう)発光体。

 ヒトミの放ったプラズマは、しばらく勢いをもったままその茨の光に向かっていった。

 もちろんその宇宙の果ての謎の光に届く前に、プラズマの光は急速に勢いを失って消えていく。

「……」

 残されたのは無言で向き合うキグルミオンとそのドローンだった。

 プラズマを放った勢いで止まったヒトミは、鼻先を突きつけ合わせるようにドローンとにらみ合う。

 キグルミオンの着ぐるみ然としたつぶらな瞳が、バイザーで隠されたドローンの瞳に向けられる。

 ドローンのバイザーに入ったヒビから、僅かばかりにその瞳がのぞいていた。

 バイザーの奥に(ひそ)んでいた瞳は、やはりキグルミオンのそれとよく似ていた。

「……」

 宇宙に浮かぶ二体の着ぐるみは、しばらく無言でにらみ合う。

 ドローンの背中の向こうで頭部を失い残された宇宙怪獣の体が、ぐらりとその身を(くず)した。

 地球の重力に(あがら)えなくなったらしい。四肢(しし)から力の抜けたその巨体が、ゆっくりと地球に向かって崩れ落ちていく。

 宇宙怪獣の体がSSS8の脇を抜け、地球に向かって引かれるように落下していった。初めはゆっくりとしたうごきだったそれは、真空(ゆえ)に、何者にも邪魔されることなく加速していく。

 そして地球の成層圏(せいそうけん)(とら)えられるとようやく減速するが、そのまま大気圏突入の熱に焼かれてすぐに(ちり)と化していった。

「……」

 だがヒトミはそんな宇宙怪獣の最後に目を向けようともせずに、ドローンとのにらみ合いを続ける。

「ヒトミ……」

 そんなヒトミの耳元に美佳の声が再生された。

「何?」

「米軍から抗議……友軍の近くでの攻撃……損害が出ているとのこと……」

「見れば分かるわ……」

「そう……それと、宇宙怪獣の消滅を確認……米軍は帰還する……ヒトミはそのドローンの進路上に居る……今すぐその場を退()くようにとのこと……」

「……」

 美佳の声を耳で受けながら、ヒトミの瞳はドローンから離れない。そしてそのことで意思を表したように、その場から動こうとしなかった。

「仲埜……」

 ヒトミの耳元に今度は坂東の声が再生された。

「隊長……」

「SSS8からの要請だ……犠牲者の収容に手を貸して欲しいとのことだ……」

「……」

「ドローンでは、細かい作業はできない……」

「……」

「その場を離れて、お前が亡骸(なきがら)をご遺族に返す手伝いをしてやれ……いつまでも、冷たい真空に独りで(ただよ)わせてやるな……」

「……分かりました……」

 ヒトミは坂東に(こた)えるとようやく身をひるがえした。ヒトミのその動きに応じてバックパックが推進剤を()き出す。

 キグルミオンの巨体が、ドローンに背を向けて真っ直ぐSSS8に戻っていく。

 ヒトミを待っていたのは、宇宙に向けて亀裂をさらしていたその無残な外壁だった。

 この距離と角度ではその亀裂からは何も見えない。

 ヒトミの背中で、ドローン・キグルミオンがこちらも推進剤を()き出して動き出した。ドローンは亀裂の向こうには、何も関心がないかのようにその場を離れていく。

 ヒトミはその様子に振り返りもせずに外壁にたどり着いた。

 クォーク・グルーオン・プラズマを放ったままに、ずっと固く握られていたキグルミオンの拳――

「……」

 ヒトミは外壁の亀裂に手を伸ばすとようやくその震える拳を開いた。


(『天空和音! キグルミオン!』二十三、縦横無尽! キグルミオン! 終わり)

改訂 2025.11.12

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ