二十三、縦横無尽! キグルミオン! 15
ドローン・キグルミオンが無言で宇宙怪獣に拳をふるい続けていた。
「……」
その光景をSSS8の司令室でサラが拳を震わせてモニタ越しに見つめた。
二つの拳はそれぞれ己の意思ではない形で握られていた。
ドローンの拳はパワードスーツ然とした機械に強引に拳の形に握られている。
サラの拳は無意識にぎゅっと握りしめられていた。
対照的な拳だった。
ドローンの拳は機械的にふるわれ、サラの拳は内面から沸き起こる感情のままに震えていた。
しかしサラの拳はふるう先がない。
「……」
自らの手のひらに爪を食い込ませ、サラはモニタを無言で見つめる。
モニタの画像が自動で切り替わった。そこに現れたのはもどかしげに虚空を見上げるキグルミオンの姿だった。
ドローン・キグルミオンに届かない叫びを上げたヒトミは、今度は見えないサラの姿を探しているようだ。
「……」
サラはそのヒトミの姿に奥歯を噛みしめる。
モニタの中のヒトミはもう一度SSS8の破損した隙間を覗き込んでいた。行方不明のクルーの姿を探してどこかもどかしげに、着ぐるみの大きな頭を小さな裂け目に食い入るように覗き込ませる。
「船長……」
司令室の椅子に腰掛けるサラに、別のクルーが振り返った。
かたい表情がその眉間に集められたシワに表れていた。
狭いSSS8の司令室の中で皆が同じ表情でサラに振り返っている。
「そうね……決断は必要ね……粒子加速! エキゾチック・ハドロン、生成開始!」
サラは意を決したように口を開くと、握っていた拳を開いて手を伸ばして指示を飛ばす。
「了解……」
クルーの一人が慎重に応えながら前を向いた。
それはまだサラが重要な指示を出していないからだ。
そのクルーはヘッドセットのマイクを口元に引き寄せて、どこかに口頭で指示を出しながら手元のモニタにも指を走らせた。
「今までで、一番の『衝突径数』を期待するわ! そうよ! 私たちは決して『スペクテータ』――傍観者であってはならないのよ!」
サラが自身に言い聞かせる為にか、まくしたてるように続ける。
「……」
クルーの誰もが息を呑んだ。そして次に来るであろうその重要な指示を聞き逃さない為に耳を澄ます。
「目標――」
サラは奥歯を鳴らしてそうとだけ告げると一つ大きく息を呑んだ。
「……」
沈黙をもってクルーはその指示を待つ。
「ドローン・キグルミオン……アメリカ軍の要請に、最優先で応えます……」
サラが絞り出すように告げる。
「目標。ドローン・キグルミオン。エキゾチック・ハドロン生成へ。粒子ビーム加速……」
クルーがサラが最後まで口にする前に指示を確認した。
淡々としたその口調はそこに自身の感情や反応を込めない為の工夫だったらしい。
表情も自然とかたい。そしてそのことを頼りに、感情を押し殺して己の義務を進めることにしたようだ。
借りてきたような筋肉の強張りを顔一面に貼りつけ、クルーは皆サラに背中を向けて己の作業に取り掛かる。
「サラ船長!」
突然再生されたヒトミの声に皆が一様に肩をビクッと震わせる。
「ミズ・ヒトミ……」
「どうしてです? 人が居るかもなんでしょ! こっちは今すぐ、明かりが欲しいんです!」
モニタの中のヒトミはどこを見ていいのか分からずに、首をめぐらしてサラの姿を探していた。
「ミズ・ヒトミ……こちらから、要救助者の捜索をお願いしていて、勝手を言ってるのは分かってるわ……」
「サラ船長!」
「だけど……まさに今、宇宙怪獣が倒せる――米軍側がそう判断して要請して来ているのなら……エキゾチック・ハドロンの照射を、断る訳にはいかないの……」
「宇宙怪獣なんて! 救助者見つけたら、私がすぐにやっつけますよ!」
「ミズ・ヒトミ……これは決定事項よ……」
サラが今度は自ら拳を握りしめて告げる。
「そんな……」
「いい、ヒトミちゃん……」
二人の通信に久遠の声が割って入った。
「久遠さん! 久遠さんからも、お願いします!」
「ヒトミちゃん……サラ船長の指示は正しいわ……」
「久遠さんまで!」
「よく聞いて、ヒトミちゃん。サラ船長は言ったでしょ。私たちはスペクテータであってはならないって。これは傍観者って意味で、粒子の衝突においては、正面からぶつかり損なった粒子の部分を意味するわ」
「はい?」
「私たちは問題の傍観者にはならない。ここのクルーは今。今まで最高の効率で、粒子の衝突をさせようとしてるの。その結果得られるのは――」
久遠がそこで口を紡ぐと、
「今まで最高量のエキゾチック・ハドロン! ミズ・ヒトミ! これが今、私達にできる全てよ!」
サラがその後を受けて続けた。
クルーの一人が壁際のパネルの一角を操作する。
それと同時にドローン・キグルミオンを映していたモニタが、ハレーションを起こしたように真っ白に染まった。