二十三、縦横無尽! キグルミオン! 14
宇宙怪獣とドローン・キグルミオンが、スペース・スパイラル・スプリング8の外壁をもみ合いながら転げる。
その度に外壁が揺れ、幾つかの衝撃では裂け目が生じていた。
ヒトミが宇宙怪獣が最初に空けた穴へと減速しながら近づいていく。
キグルミオンは背中からSSS8に接近していた。バックパックを背負った背中を進行方向に向け、それまでについていた加速を急速に落としていく。
ヒトミの視界の端でSSS8の上でもみ合う宇宙怪獣とドローンの姿が映った。
「勝手に暴れて……」
ヒトミはその様子に歯ぎしり混じりに呟く。
二つの巨体が暴れて起きる衝撃は、真空中の宇宙でもSSS8の外壁を十分に震わせていた。
どちらかが攻撃を繰り出す度にSSS8の外壁が軋んだ。音もなく歪んで破片を撒き散らすその様は、まるで生き物が苦しんで出す無言の断末魔のようだった。
「人が居るかもしれないのに!」
ヒトミは最後は身を翻してその悲鳴を上げるSSS8に取りついた。
触れると同時にSSS8の外壁からその振動が伝わって来る。触れるや否や宇宙船の破片同士が軋み擦れて不快な金属音を伝えてくる。
ヒトミはキグルミオンの目を外壁の裂け目から中へと向けた。
中は暗い。
内部の電源は完全に失われていた。
それでいて宇宙の星々の光も当てにできない。今SSS8は夜の側に来ていた。今はありがたい荊状発光体の光も、ヒトミが覗き込むことで大きな影を作り出して遮ってしまっていた。
「サラ船長! 明かりを!」
「ミズ・ヒトミ! 電源が喪失されてるわ!」
ヒトミの耳元にサラの声が機械翻訳で届けられた。
「でも、見えませんよ! これじゃ!」
「復旧には、宇宙怪獣の脅威がなくらないと! 人を遣れないわ!」
「この……」
ヒトミが顔を離して宇宙怪獣達の方を見る。
そこでは変わらず二体の巨体がもみ合っていた。
「何処かに居るの……」
ヒトミが再びSSS8の裂け目を覗き込む。
だがやはりそこは暗いだけの空間が続くだけだった。
ヒトミが苛立たしげに通路の奥を覗き込む。
だがやはりそこは明かりも何もない。かろうじて破片がゆっくりと漂っているところか見る。だがそれは今は抜けていく空気すらなくなった証拠でもあった。
「でも……もう空気が……」
ヒトミは何とか角度を変えて覗き見る。角度によってはキグルミオンの頬が外壁にぴったりと張りついた。ヒトミが必死になればなる程、頬は破れた外壁に押しつけられるが、そのヒトミを急き立てるように宇宙怪獣達の戦う振動がその頬に届けられた。
「……」
ヒトミはその振動による催促と挑発に耐えるように拳を握って中を見る。
「――ッ! そうだ!」
ヒトミがその時に何かを思いついたように顔を上げた。
「サラ船長! 『エキゾチック・ハドロン』を!」
「はい? ミズ・ヒトミ?」
「明かりがないのなら、自分で光ります! キグルミオンに、エキゾチック・ハドロンを! プラズマを出す前に、いつも光るじゃないですか!」
「……なるほど……」
少し思案したような後にサラが応えた。
「少々危険だけど、やる価値はあるわ。サラ船長」
ヒトミの耳元にサラに呼びかける久遠の声が再生される。
「でしょ? 少し離れます! ハドロンの照射をお願いします!」
ヒトミがSSS8の外壁から離れた。
「ヒトミ……嫌なお知らせ……」
そのヒトミの耳元に今度は美佳の声が再生される。
「何、美佳?」
「米軍からも、ハドロンの照射要請……」
「なっ!」
「宇宙怪獣と戦っている、自分達の方が優先とのこと……今一つ、決定打に欠けてるからだと思う……」
美佳の続く言葉にヒトミは血が出る程唇を噛み締め、
「何を言ってんのよ!」
宇宙の向こうにいるドローン・キグルミオンに向かって真空では届かない声で吠えた。