二十三、縦横無尽! キグルミオン! 10
「キグルミオン! 出ます!」
SSS8の外壁からヒトミが宇宙に飛び出した。
真空故の無音の世界。そこにたたずむSSS8は外から見れば、平静そのものに見える。
だが実際は宇宙怪獣にとりつかれ外壁が破られた今、その中は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
「仲埜!」
そのことが坂東の声を伝えてくる音声でも確認できた。
ヒトミに呼びかけるその声の背後で、現状を確認する声が次々と一緒に再生されていた。
それは各国の言語のまま悲鳴混じりにヒトミにも届けられる。坂東がSSS8内の状況を確認しながら、その音を拾ってしまっているようだ。
「はい! 隊長!」
ヒトミが外壁から距離をとると身を翻した。
バックパックが火を噴きヒトミの背中を押した。SSS8の外壁を舐めるようにキグルミオンが滑らかに加速していく。
「分かってるな? まずは中国管轄区域まで直行だ。ここからそう遠くない。そのまま外壁を縦に、なるべく隠れて接近しろ」
「はい!」
「接触したら、すぐに引き剥がせ! 食いつかれたままでは、クルーの避難もままならん!」
「はい!」
坂東の声に耳を傾けるヒトミの頬に、汗がすっと一つ流れ落ちた。
そのヒトミの視界の端にはSSS8の外壁が流れるように現れては後ろに消えていく。
そしてその速度は見る間に加速していった。
「坂東隊長! 遅くなりました!」
ヒトミの耳元で今度は久遠の声が再生された。その息は荒くいかにも息急き切って走ってきた乱れたものだった。
「ぐふぅ……走った……」
続いて美佳の声も再生される。こちらは息も絶え絶えの独り言だった。
「久遠さん! 美佳!」
「ヒトミちゃん! お待たせ!」
「久遠さん、フォローお願いします! 美佳! 見えてきたわ!」
「へっ……こっちのモニタには何も……」
ヒトミの宇宙怪獣発見の報に、美佳の戸惑った声が再生された。
「まだ点だけど、とらえたわ! ちょうど正面よ!」
「えっ……えっ……ぐぬぅ、見えぬ……」
「仲埜! 見えているな? こちらからは、奴の真正面だ!」
「はい! あっ! 顔を上げました!」
「ぐふ……隊長にも見えてる上に、様子まで分かるだと……この師弟、どんな目してる……」
「美佳ちゃん! 嘆くのは、後よ!」
「了解……やっと、モニタに認証された……拡大……確かに、こっち見てる……」
「ええ……睨んでるわ……」
ようやく宇宙怪獣の姿をとらえたらしき美佳の声に、ヒトミがその先の視線までとらえて呟く。
ヒトミがとらえたその姿は見る間に大きくなっていく。
SSS8の外壁に取り付いたその爬虫類然とした姿が、長い首を上げてこちらを伺っていた。
「長い首に、小さな頭……やはり、海竜型ね――」
その様子に久遠の独り言めいた分析が再生される。
「でも、助かったわ……四肢がひれ状なんで、爪ではSSS8に傷をつけられてはいない。牙だけで食いつくのが精一杯だったのが、不幸中の幸いね」
「どっちでも、倒すだけですよ! 美佳! 減速はなしで! このまま突っ込むわ!」
ヒトミが拳を握り締めながら前方を睨みつけた。
そこではこちらの様子を伺うように首をもたげていた宇宙怪獣がその首を左右に振っていた。
その仕草で吐き出されたSSS8の外壁の残骸が宙に飛んでいく。
宇宙怪獣の方もヒトミとの対戦に臨戦態勢に入ったようだ。そのひれ状の四肢を外壁に叩きつけ、ふわりと身をSSS8から離した。
「了解……ヒトミ! センサーに感あり――」
ヒトミに応えた美佳が珍しく語尾を荒げた。
「別方向より、急速に接近する物体あり! レーダーに捉え切れない! これは……」
「米軍シャトルか!」
最後は息を飲む美佳に坂東の声が被さった。
坂東のその声に応えたかのように、宇宙怪獣の背中の向こうに漆黒の機体が突如現れた。
機体は見る間に大きくなっていく。鼻先を向けていたが、それはこの宇宙で明らかに飛行機の形をしていた。
宇宙と地球を往還できるスペースシャトルだった。
そしてその機体の背中のカーゴ室が音もなく開いた。
そこから機械に折りたたまれた影が射出された。
影は急速に展開していく。
そこに現れた四肢と尻尾と猫の髭を持つ着ぐるみの姿をとらえ、
「スージーちゃん!」
ヒトミは交差するようにそのドローン・キグルミオンと宇宙怪獣に向かっていった。