二十三、縦横無尽! キグルミオン! 3
「……」
宇宙怪獣対策機構の隊長と呼ばれる男――坂東士朗が、黙々とトレッドミルの上を駆けていた。
宇宙のつなぎの作業着の上をはだけ、その下のシャツをあらわにして一心に駆ける。
体が揺れるたびに汗が無重力の中に飛んでいく。そして残りはシャツに吸われていく。
シャツに染み込んだ汗も、坂東の体温であっという間に湯気と化した。
飛沫と蒸気を上げながら、大男が黙々とトレッドミルの上を駆けていた。
いくつかあるトレッドミル。坂東から上がる飛沫と蒸気。何よりその寡黙な大男の醸し出す雰囲気を他の者は敬遠したようだ。トレッドミルの多くが埋まっているが、坂東の両隣だけはぽっかりと空いていた。
そんなことは我関せずと坂東は黙々とトレッドミルの上を駆ける。その足元からは相変わらず拍車が鳴るような音がカチャカチャと聞こえていた。
「……」
その大男に負けず劣らずの体躯を誇る男がその横の空いていたトレッドミルに現れた。
無重力ですっと浮かんできた男は慣れた手つきでベルトを腰に巻きつけた。
こちらの男も無言でトレッドミルを駆け出す。
数分もしない内に新たな男の肌からうっすらと湯気が立ち上り始める。
それもそのはずだった。坂東の横で駆け出した男は挑発するかのようにペースをどんどんと上げていく。
坂東がちらりと横に視線をよこした。初めからこちらの方を見ていたらしい男と坂東は目が合う。
「ふん……やはりお前か……大佐……」
坂東が鼻から息をわざとらしく吹き出して相手の目をじろりと睨む。
坂東と似たような格好でロシアの大佐が駆けていた。
こちらは宇宙用というよりは、軍用のジャケットを脱ぎやはりシャツに汗を染み込ませている。
ロシアのイワン大佐だ。
「ああ……わざわざ来てやったぞ……遠い方のトレーニングルームにな……」
イワンが前を向き直りながら応え、それでもペースを落とさずに足元は駆けさせる。
二人の男からの汗が湯気となって周りに浮かんだ。
「ふん……自覚があるなら、わざわざ来るな……」
「ふふ……笑ってやろうと思ってな……まんまとアメリカに出し抜かれた、その同盟国をな……」
「先の宇宙怪獣は、その同盟国二カ国で撃退した……」
「片方は、いいように利用されてな……」
「……」
「……」
坂東が前を向いたまま虚空を睨みつけ、イワンがその視線を横から盗み見見た。
「しかも、その同盟国は戦勝気分で記者会見……更に追加戦力の投入も明らかにした……」
「それで焦って情報を取りに来たか、イワン?」
冷静さを取り戻す為にか、ことさら抑揚を抑えた声で坂東が問いかける。
「焦ってなどいない。ただ本性を表したあの国に、貴様らがどういう反応をするか気になっただけだ」
「あれだけの数の配備……一朝一夕でできるはずがない……すぐに動けるのは、今ある一体だけだろう……」
「ふふ……二十世紀の大戦で、向こうの工業生産力に屈したのは、どこの国だ?」
「宇宙怪獣は待ってくれない。今まさに襲ってきても不思議ではない。今、どれだけの戦力があるかが、気になるだけだ」
「『待ってくれない』か……その通りだ……お披露目の終わったあの兵器は、すぐにシャトルで打ち上げられた……」
「珍しいな……情報をくれるのか、イワン?」
坂東が軽く振り返りながら訊いた。
「ふん……ニュースになってる……つまらん冗談はよせ……これ見よがしに、解散する記者を残して打ち上げたからな……」
「ああ……今やあそこも宇宙軍の基地だからな……だがあれだけはっきりと打ち上げの様子を映させるとは……お前らは大喜びだろう……」
「今更、あの程度の情報……分析する価値もない……向こうも分かってる……」
「そうか……」
坂東がイワンに応えながらトレッドミルの計器類に触れた。
それが指示となり二人の前に備えつけられていたモニタに光が点く。坂東が更に操作すると砂漠の映像が映し出された。
何かのニュース番組の録画らしい。
しばらくすると音を立ててシャトルを載せたロケットが打ち上がっていった。
「お披露目即、打ち上げ……派手だな、動きが……」
坂東がその映像を見て呟く。
「……」
「……」
打ち上げそのものの光景はやはり目を奪うのか、坂東とイワンの二人はしばらくその軌跡を映像ごしに目で追った。