二十三、縦横無尽! キグルミオン! 2
「博士。よろしいでしょうか?」
そびえ立つVAB内の打ち上げロケット。ロケットにはシャトルが取り付けられていた。
博士と呼びかけてきた声は機械再生された音声だった。
全体を指揮する指揮所から、VABに残っていた博士に確認を求めたこえだった。
「うむ……」
音声で呼ばれた初老の男は手元に差し出されていた端末に目を落とす。
士官らしき軍人が情報端末を博士の胸元に差し出していた。
そこには何か布状のものが詰め込まれた状態で映し出されていた。
「全て指示通りかね?」
「はい。スーツにより、最小限に圧縮しています」
博士の問いかけに技術士官らしき白衣の女性兵士が答えた。
「ふん……『フェルミオン』化された『グルーオン』か……紐状だと、圧縮も便利か……なるほど、宇宙に打ち上げるには有利だな……あの男の顔がちらつくよ……」
「如何がなされましたか?」
「何でもない。オールグリーンだ。打ち上げたまえ」
博士が女性士官にそう答えると、別の将校に肩を抱かれるように誘導された。
博士たちはぞろぞろと連れ立ってVAB内の奥へと引っ込んでいく。
博士の姿が遠くに消える前にVABに警報が鳴り響き、赤色灯が瞬いた。
しばらく技術士官たちがロケットの周りを駆け回ったが、その姿が徐々に消えていく。
そして移動発射台に乗せられていたロケットとシャトルの周りから人工の光が落とされた。
軍事機密の塊のこのVABではそうすることで全ての光が屋内から失われた。
真っ暗闇の中自ら光を発する機器だけが光をぼうっと放つ。
そんな闇の中を一筋の光が差し込んだ。
縦に一直線に引かれたように差し込むその光は、それゆえに目もくらむほど眩しかった。
VABの中に初めて天然の光が差し込んだ。
ロケットすら内に収める構造物。その壁に設置された巨大な扉がゆっくりと開く。
砂漠の真ん中に作られた軍事基地を照らす太陽はそれだけ強烈だった。
燦々と照りつける太陽が人工の扉で切り取られてまっすぐの光の道を作り出す。
それは徐々に広くなっていく。
まるでロケットの行く先を指し示すかのように光の道は開けていった。
やがて全ての扉が開いた。
幾つかの指示がVABで交わされる。そしてロケットの乗る移動発射台が小さな唸りを上げた。
レールの上に乗せられた移動発射台は、こちらもゆっくりと前進を始めた。
宇宙へと打ち出されるロケットとシャトルすら乗せた巨大な車両。それがゆっくりとだが力強く自力で動き出す。
射場へと動き出す移動発射台。VABを出たそれは警戒にあたる兵達に迎えられた。
兵達は現れたシャトルの周りに一斉に散らばった。それと同時に軍用車両がシャトルの前後を固める。
巨大なロケットを乗せた移動発射台は、安全のためにかなりの低速で移動していた。
人の歩く速度でも十分に追いつける。歩兵と軍用車両が要人警護もかくやとその周りを取り巻きながら続いた。
兵達は皆がシャトルそのものよりもその周囲に目を奪われていた。テロや情報漏えいを警戒しての警護だろう。緊張に顔をこわばらせる兵に守られ、シャトルはゆっくりと発射場へと向かっていった。
砂漠のど真ん中にある軍事基地。もちろん発射場はその砂漠を利用した、周囲に何もない場所での打ち上げとなる。
周囲を海に囲まれた発射場とはまた違う空間がロケットを迎え入れた。