二十三、縦横無尽! キグルミオン! 1
二十三、縦横無尽! キグルミオン!
「人遣いが荒いな……」
白衣を翻した初老の男が人口の光が煌々と照らす廊下をいく。
長い通路だった。
窓のようなものの類はない。
四方が壁と天井、そして床に閉ざされている。無機質な資材が事務的なまでに四方を覆っているだけの空間が延々と続いた。
単に地下道なのか、それとも機密性の為か。一度目をつむってからまぶたを開けると、どちらが天井で床なのか迷うような殺風景な光景が続く。
初老の男の後を軍服姿の一団がぞろぞろと続いた。
「博士。非常時です。お許しを」
胸にいくつもの勲章をつけた将校がその一団の先頭に立ち、白衣の男のすぐ後ろを歩く。
「シャトルの打ち上げなど、君たちだけでできる」
博士と呼びかけれても白衣の男は振り返りせずに応える。
「スージーは国家の最重要案件です。最高の頭脳のお墨付きなしに、宇宙に上げるなどできません」
「100機も作るのだろう。打ち上げの度に私は呼び出されるのかね?」
「全部宇宙に上げる訳ではありません、博士」
「ふん。この地上で、何と戦わせる気か……」
博士が最後に呟くやと、長い通路でようやく違う光景が見えた。
通路が終わった。
男がまっすぐ歩いて行くと分厚いドアに守れた出口が見えてきた。
そこに立った歩哨の兵士が二人、この一団が近づくや敬礼で迎える。
「ドローンの打ち上げに、博士の立会いを要請した。発射場へのドアを開けよ」
将校が最後は前に出て歩哨の二人に敬礼を返しながら命令を伝えた。
将校が敬礼を解くや否や、二人の歩哨はキビキビとした動きでドアへと手を伸ばす。
ドアの開閉はバルブ式だった。ドアの正面に一抱えもあるような回転式のバルブがつけられている。
二人の兵士が息のあった様子でバルブを回すと、ドアの向こうで何かの留め金が外れる音が響いた。
歩哨の兵士がそのままドアを引くと、ゆっくりとその扉が開いていく。
やはり分厚いドアだった。きしみを立てて開いていくそのドアの向こうから、人々が足早に行き交う喧騒が聞こえてくる。
ドアをくぐってもすぐに部屋らしきものは現れなかった。
ドアは壁をくりぬいたような空間の奥に設置されていた。ドアそのものを、その空間が守っているようだ。
分厚いドアに、安全用の遮へい空間。部屋の向こうにあるものが、何らかの危険物であることがそのことで想像できる。
だがその空間自体はすぐに終わった。
最後の閉鎖的空間を抜けると、そこは打って変わって開けた場所となっていた。
だが開けているのはあくまで物理的なスペースだけだった。
ビルほどの大きさの天井が高く遠くに見える吹き抜けの空間が開けている。
しかしやはり窓の類は一切ない。全て外からは見えない構造になっていた。
壁も天井も一切の天然の光を通さないようだ。人口の照明が全ての明かりを補っている。
壁は見るからに分厚い。それはこの建物内の危険物への備えと、機密性の両方を担っているからのようだ。
「準備は?」
博士と呼ばれた男は開けた空間に出るや天井を見上げた。
そこには天を突くようにロケットがそびえ立っていた。
その脇にはシャトルが先端を天に向けてこちらも立てられている。
ここはロケットを打ち上げるためのVAB――大型ロケット組立棟だった。
それも軍事機密のロケットを打ち上げるための施設であり、通常のVAB以上に内部は厳重な閉鎖空間となっていた。
どこまでも広い閉ざされた空間がそこには広がっていた。
「準備は? そう博士が訊いている!」
将校が再び前に出た。
将校の姿を見つけたこちらの白衣の女性が一人慌てて近づいてきた。
ヘルメットをかぶったその女性は、ロケットのエンジニアか何かのようだった。
だが軍属でもあるようだ。白衣のシャツは軍服のそれだった。
「ロケット部の準備は万端です! あとはシャトルのシークエンスとなります!」
女性の兵士は敬礼をしながら答えた。
「ごくろう! そのシークエンスは?」
将校が敬礼を解きながら続けた。
「特別展示されていた、ドローンの到着待ちです。ちょうど到着予定の時刻となります」
女性兵士がそう答えると、VABの一角から警報が鳴り響いてきた。
多くの目がそちらに向けられると、トラックによる搬入口と思しき扉がゆっくりと開いていくとろこだった。
扉が開ききると軍用トラックが静かにVAB内に入ってくる。
「随分とのんびりしたものだ。宇宙怪獣はもう、地球に向かっているのだろう? 今まで暢気に展示していたのかね?」
その光景に博士がじろりと横目で将校を見る。
「スケジュール通りの時間に、撤収しませんとね、博士」
「他に、悟られるか……ふん。つくづく人間とはおろかだな……」
「我が国の為です」
「ふん……」
博士の脇にそのトラックはゆっくりと近づいてきた。
トラックが牽引していたのは、横に寝かせられたドローン・キグルミオンだった。
そのドローン・キグルミオンの顔がちょうど博士の目の前で止まる。
博士と呼ばれた男はその顔にかけれたバイザーの奥を覗き込み、
「やはり人間は不要か……」
周りの誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。