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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
三、威風堂々! キグルミオン!
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三、威風堂々! キグルミオン! 8

 旅客機が轟音(ごうおん)を上げて急上昇した。

 ヒトミ達は簡易シートに腰をかけベルトに体を(しば)りつけられながら、その急上昇に身を任せていた。

「仲埜。宇宙遊泳などによる実際の地球の重力を(のが)れた無重力と、今から体験する航空機の急降下を利用した自由落下は、博士によると同じものらしい」

 一番端に座った坂東が前を真っ直ぐ見たまま口を開く。

「はい」

 (こた)えたヒトミは少々(こわ)ばっていた。坂東の隣で背筋を伸ばして手をヒザにきっちりついていた。

「ま、科学的なことは俺には分からんがな」

「私もです」

「そうですか? もう一度、簡単に言いますとね――」

 久遠が反対側の端から顔をのぞかせて口を(はさ)んできた。

「博士……絶対に簡単にならない……」

 ユカリスキーをヒザ上に抱き久遠とヒトミに(はさ)まれた美佳が、()ました顔で久遠の言葉を(さえぎ)った。

「うっ……」

「だが俺に言わせれば、やはり違う」

 坂東はまだ前を見たままヒトミに話し続ける。

「はい」

「それは航空機の自由落下が、アインシュタイン先生が思考実験で示してくれたようにな完全なものじゃないからですよ。等価原理は――」

 久遠が嬉々(きき)とした顔でヒトミ達にもう一度振り返る。

「ぐふふ……博士、また長くなる……またの機会に……」

「えっ? あ、そう……」

 久遠は話し足りないといった感じで、指すらくわえそうになりながら残念そうに顔を引っ込めた。

 ヒトミ達を乗せた旅客機が減速を始め、機首の向きを変えたようだ。

「仲埜。通常の航空機でこられる(はる)か上が――宇宙だ。宇宙は特別だ」

「はい……」

 減速を始めた旅客機にヒトミは更に緊張したのか、息を一つ呑みながら(かす)れ声で(こた)えた。

「この訓練が終わったら、連れてってやる。そこでその身でしっかり感じろ、宇宙を。そして自分の瞳で見ろ、地球を」

 坂東がやっとヒトミに振り向いた。

 その気配にヒトミも坂東に振り向く。

「……」

 ヒトミはサングラス越しに坂東の目をのぞき込んだ。(くも)りガラスに邪魔をされ、坂東の瞳ははっきりと分からない。

「はい」

 だがヒトミはその目に見つめられ、先程までの緊張がどこかにいったかのようなリラックスした返事を返す。

 その時機内につけられていたランプが青く(とも)り、坂東と久遠、美佳がベルトを(はず)した。

 三人の動きにつられ、ヒトミが慌てて(おのれ)のベルトも外した。

「さあ! ヒトミちゃん! 訓練の開始よ!」

 まだ重力にその身を引かれているというのに、久遠はまるで既に自由落下が始まっているかのようにシートから飛び出した。



「ほぉぅえええぇぇぇっ!」

 ヒトミはノドを笛にしたかのような、奇妙でリズミカルな奇声を発した。

 そのヒトミの体がふわりと宙に浮いてく。

「あはは! きたきた!」

 久遠が気色(きしょく)に顔を紅潮(こうちょう)させた。徐々に浮いていく久遠の体。久遠は我が身を見下ろし、その足先が床を離れて行くのをその目で確認する。

「ふふん……」

 ユカリスキーを()きしめていた美佳が、やはり浮いていく体に(ほほ)(ゆる)める。我が身が完全に浮き切るや、ユカリスキーから手を離しそちらも浮くに任せる。

「あ、それ!」

「ふふん……ユカリスキー、泳ご……」

 久遠と美佳は壁や床を蹴り、浮かぶ体を楽しげに空中で(ただ)わせた。

「遊びじゃないですか!」

 フワフワと浮かぶ(おのれ)の体を持て余し、ヒトミは天井に手を着いた。

 その顔はどうにもにやけるのを押さえ切れないという風に、相好が完全に崩れ切っていた。

「何言ってるの、ヒトミちゃん! 遊びじゃないわ! あはは! 訓練よ!」

 久遠が空中でくるりと身をひるがえし、壁を軽く蹴って浮かぶ我が身を更に(ただよ)わせる。こちらはもう言っている言葉とは裏腹(うらはら)に、この訓練を楽しんでいるのを隠そうともしない。

「ホント……ぐふふ……真面目にやるべき……ぬふふ……」

 美佳がユカリスキーと両手を(つな)いでこちらもやはり宙に浮いていた。ユカリスキーと(むす)んだ手を中心に、くるくるとその場で回っていた。

 美佳はいつもの半目の下で、(ほほ)をこれでもかと紅潮させてこちらもにやけていた。

「ええっ! もう皆! (おど)かしておいて、結局楽しんでるじゃないですか!」

「あら、脅したかしら?」

 久遠は天井を手で着くと、浮かぶ己の身をロケットよろしく前に押し出した。

「久遠さん! 『そんな顔をしていられるのも、今の内だけよ』とか言ってましたけど?」

「だって、ねぇ。ヒトミちゃんったら、息を()んだような顔をして。あんな真剣な顔で、この訓練ができるわけないわ! あはは! それ!」

 久遠がヒザを曲げてくるりと宙に浮きながら一回転する。

 だが完全に無重力という訳ではないようだ。皆ある程度浮いているとゆっくりと床に体が落ちて行く。

 久遠はゆっくりと落ちながら回り終わり、一度マットに足をつくと軽くヒザを曲げて再び飛び上がった。かなりこの訓練に()れているようだ。

「もう! 久遠さん!」

「ぐふふ……博士の言う通り……」

「美佳だって! 『もう後戻りはできない』とか言っちゃってくれちゃって!」

「この楽しさを味わったら、もう後戻りはできない……何も間違ったことは言ってない……ぐふふ……」

「もう!」

 ヒトミが怒りを力に換えたのか、思い切り床を蹴った。そして宙に浮かんだ身をヒザを抱えてくるくると回らせる。あっという間にこの無重力に慣れたようだ。

「あはは! でも、楽しい!」

「仲埜。一応、訓練だぞ。真面目にやれ」

 そんなヒトミは空中で首根っこをつかまれた。

 ヒトミが丸めていた身を伸ばすと、坂東と目が合った。

 坂東は浮かぶ身を固定する為にか、壁際に張られたロープをつかんでいた。

「だって、なんて言うか。めちゃくちゃ、楽しいんですよ! 真面目になんかできないです! 皆だって!」

 首根っこをつかまれ、ヒトミは坂東に吊り上げられたようになる。いくら屈強な坂東でも、地上でこうも軽々とヒトミをつかみ上げることはできなかっただろう。

 ヒトミはまるで首根っこつかまれて運ばれる、子猫のようにダラリと弛緩(しかん)してつられるがままになっていた。

「そうだな。この訓練だけは、いつも俺も楽しみだ」

 これで放免(ほうめん)とでも言った感じで、坂東はヒトミの首根っこをあっさりと離す。

「もう! 隊長まで、どんなに(つら)くとも――とか言ってたくせに!」

「はは、悪かった。始まってしまうと、どんな真面目なことを言っても――」

 坂東はそこまで口にするとロープから手を離した。そのまま手を壁に手を突くや、己の身を宙に(ただ)わせる。

「この楽しさから、真剣な雰囲気にはならないからな」

 こんな時でも()いていた拍車(はくしゃ)つきのブーツ。その歯車状の金属が空中でカチャカチャと鳴った。

 坂東はゆっくりと落下して行くと、『土足厳禁』と書かれた床をそのブーツで蹴った。

 坂東は右足で着地し、そのまま右足で床を蹴って己の身を浮かばせる。

「……」

 ヒトミがその様子をじっと見た。

「どうした? 仲埜?」

「いえ! 何でも! もう、こうなったら。めちゃくちゃ訓練します!」

 ヒトミはそう宣言するや思い切りを膝を曲げて床を両足で蹴り、

「――ッ! 痛っ!」

 飛び上がり過ぎて天井に頭を軽く打ちつけた。

改訂 2025.07.30

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