二十二、一気呵成! キグルミオン! 14
「さあ、ひとまず会見は終り。議会に行くよ。気がすすまないけどね」
アメリカ合衆国大統領はにこやかな笑顔で手を振った。
それを合図に会場中のフラッシュが再び雨霰と焚かれる。ネバダの砂漠の日差しに負けない輝きが地上で次々と瞬いた。
瞬いたのはフラッシュだけではなく報道陣の笑顔もだった。大統領の軽口に、それが本当に気が進まない仕事だと彼彼女らは知っいていて笑みを零していた。
報道陣は一通り苦笑いめいた笑みを浮かべると仕事を思い出したようにそれぞれカメラとマイクを構え直す。
大統領はフラッシュと突き出されたマイクに横顔を晒しながら会場脇へと歩き出した。
即席の会場から出てきた男に、数人にSPが即座に張り付くように取り巻いた。
「暑いね。砂漠だよ。くっつくすぎだよ」
「大統領。我慢を」
「いや、自分の基地で誰も狙いはしないと思うけどね」
「慣れてください」
短い言葉で返事を返してくるSP達。その多くが屈強な体躯を誇る男だった。
「やれやれ、宇宙怪獣にやられる前に、君達に押しつぶされそうだ」
「少なくとも、議会までは無事にお送りしますよ」
男のぼやきに数少ない女性SPが答えた。
その女性は先頭を行き道を開けるように兵士に指示を出していた。
「君はくっついても――」
「大統領! 発言にはお気をつけを!」
「はいはい」
女性SPに叱責され男は軽く肩をすくめる。
基地の兵士達はヘリまでの道をその身で作り出していた。大統領が歩く先に体で壁を作り報道陣を遠ざける。
その兵装の道をスーツに身を包んだ一団に守られて大統領は自身が乗ってきたヘリへと向かう。
見る間にヘリまで戻っきた大統領は、最初に見せた整った敬礼を出迎えの兵にして見せた。
男の顔はその敬礼の瞬間だけは、やはり自身を迎える士官と同じ真剣なものになる。
「まあ、議会の圧力に比べればマシかな」
男はヘリのタラップの前まで来ると、片足をその最初の段にかけながら振り返った。
男は報道陣にもう一度手を振る。その顔は気さくなそれにすぐに戻っていた。
報道陣に手を振りながら大統領は最後に遠くから吊るされたクローン・キグルミオンを見上げる。
「外見がね。議会でやり玉にまず上がりそうだ。博士も、せめてアメコミヒーローに、似せて作ってくれればよかったのに。キュートなのは認めるけど」
男は肩をすくめながらその陽光の下に吊るされる着ぐるみを見る。
「大統領お早く」
「はいはい」
先の女性SPに促され大統領はヘリのタラップを小走りに駆け上がる。
「どう思う? 議会は納得すると思うかい? 中将」
大統領はヘリの中に入るやそこで待っていた軍服の男性に声をかけた。
「納得させるのが、閣下の仕事ですよ」
中将と呼ばれた将校らしき男が答える。
男は狭いヘリで椅子に腰掛け、その腰を軽く浮かせて大統領を迎える。
座ったまま軍最高司令官を迎える訳にはいかず、それでいて天井の低いヘリの中ではそれが限界だったようだ。
中将は腰を曲げて立ち上がり右手を差し出して大統領を迎えた。
「いいよ、座って」
大統領は差し出された右手に握手をして返すと中将を座らせる。
「仕事さ。だが、この数はあからさまだ。宇宙怪獣にこの数は必要じゃない」
自身も椅子に腰掛けながら大統領が口を開く。
「閣下。我が軍は宇宙怪獣によって、手痛い損害を被っています」
「しかし、中将。失った基地は、アラスカだけだ」
「我々が失ったのは、信用です」
「分かってるさ。自軍の基地に核を打ち込んだ司令官は、世界広しといえども、私だけだ」
大統領の右手がぐっと拳を握った。
「宇宙怪獣の襲撃は、あの時は完全にランダムでした。我が軍の基地だってのは、不幸な偶然です」
「知ってるさ」
「……」
「あの時は、宇宙怪獣め。ウラジオストックに落ちればいいのに。と思ったよ」
ヘリがふわりと浮いた。
その振動のせいか、自身の発言のバツの悪さか大統領が椅子に座りなおす。
「閣下。我がアメリカは、世界の覇権をこの宇宙怪獣の時代にも握り続ける義務があります」
「知ってる。だが一気に100機は、世界も議会も難癖をつけてくる。実際難しい問題だ」
大統領がヘリの窓から外を見下ろす。
先までいた基地の兵士と報道陣が豆粒のような大きさに見えた。
「議会を説得するには、もっと実績が必要だ」
「なるほど……失礼――」
中将が大統領にうなづくと耳に手をやった。そこにつけていたイヤホン越しに何やら耳を傾ける。
「大統領――朗報です……」
中将が静かに口を開いた。
「朗報?」
「はい。ハッブル7改が宇宙怪獣の影を捉えました……今まだ、情報を伏せさせています……」
「なるほど。我が軍が先んじて、宇宙怪獣を倒せば。議会の説得にはもってこいか――」
大統領が窓から今度は空を見上げる。
そこには謎の荊状発光体が晴天の空を渡って輝いていた。
もちろんそこにまだ宇宙怪獣の姿はない。
「さすがは、人間原理といったところだね――」
アメリカ合衆国大統領はその空に向かって人懐っこい笑みを浮かべた。
(『天空和音! キグルミオン!』二十二、一気呵成! キグルミオン! 終わり)