二十二、一気呵成! キグルミオン! 13
「ちょっと、美佳! あの大統領! めっちゃくちゃ気前のいいこと言ってるけど? スージーちゃんを、そんなに用意する気なの?」
トレーニングルームにヒトミの素っ頓狂な声が轟いた。
トレッドミルを離れ今や完全に美佳の端末を覗き込むヒトミ。ヒトミは体ごと前のめりにして端末を覗き込んでいた。
そして無重力故にその体は足先が天井に向かって反転していく。
ヒトミは半ば逆さまになりながら美佳の手元を覗いていた。
周りの他のトレーニング中のクルーもその手と足を止めていた。皆が備え付けのモニタや、手元の端末に目を落としている。
全員が固唾を呑んで新しい情報に耳を傾け、目を見開いていた。
「今、情報を確認中……と、言っても……アメリカの大統領自身が宣言してる……用意するはず……ドローン100機……」
美佳が映像中継をモニタの脇に寄せ、空いたスペースに指を走らせた。
そこに雨霰と文字列が現れては消えていき、新しい画面が現れては次々と生まれてくる更に新しい画面に覆い隠されていった。
美佳の腕に抱かれていたユカリスキーが、その文字列が表示されたびにうんうんとうなづく。
だがあまりに早いその情報の更新速度に、ユカリスキーのうなづきはどんどん早くなっていく。
そして次第にただ首を振っているだけとなり、最後は目を回したと言わんばかり首を回してからうなだれた。
「宇宙にスージーちゃんが100匹……」
「全部宇宙に上げるとは限らない、ヒトミ……」
「だって、宇宙怪獣は今、こっちに向かってくるじゃない?」
「それは、ヒトミのキグルミオンが、SSS8にいるから……」
「ん? それもそうね」
「でも、地球にそれだけの数がいると、もしかするとそっちに引っ張られるかも……」
「そうかな?」
今や完全に逆立ちしているヒトミが首をかしげた。
完全に頭上に来たヒトミに、ユカリスキーが顔を上げて楽しげに手を振る。
「むむ……そこら辺は、博士達の意見も聞きたいところ……」
「それでも、私たちのキグルミオンと合わせると……むむ……101匹ニャンちゃんね……」
逆さまのヒトミが真剣な顔でうなづいた。
「それ、どうでもいい……てか、おそらく同盟国にも配備するはず……あった……」
ヒトミの真剣な眼差しを無視し、美佳がモニタの一角に指を走らせた。
「『同盟国にも配備』? やっぱ気前いい! いい大統領さんじゃない!」
「ふむ……予想通り……ヨーロッパ、オセアニア、アジア、アフリカ、もちろん南北アメリカ……全ての同盟国に配備計画がある……」
「スージーのおすそ分け? 近所付き合いも、ばっちりな大統領なのね」
天井から釣り下がっているような状態で、ヒトミは感心したように何度もうなづく。
「くれる訳じゃない……その地域にある自軍の基地に配備するだけ……」
「なんだ。ケチね」
「ケチとはまた違う……高度に軍事的かつ政治的な判断……」
「そういうものなの?」
「そう……例えばほら、日本への配備計画……」
「ん? あれ? 0じゃない!」
逆立ちの状態だったヒトミが足先を伸びして天井を蹴った。
わずかに触れたそのつま先でヒトミは自身の体を反転させる。
それで美佳の隣に降りてきたヒトミは、モニタを掴んで覗き込んだ。
「そう……配備予定数0……」
「究極ケチね!」
「違う……政治的な揺さぶり……」
「どういうこと?」
「我が国には、ヒトミがいる……キグルミオンがいる……」
美佳がその眠たげな半目で、自身の頭の中を覗くかのように目を細めた。
「なんだ、期待されてるんだ。認められてるんじゃない。日本はキグルミオンが守れるって」
「違う……二択を迫られている……一体のキグルミオンか、100機のドローンか……」
「はい?」
「もちろん100機も一国に配備しないけど……それだけのバックアップ体制のある米軍傘下の体制に入るか……それとも単独でこれからもキグルミオンで戦うか……そのどちらかを暗に……ううん、おそらく明確に日本政府に選択を迫っているはず……」
「むむ! そんなのキグルミオンに決まってるじゃない!」
「一体のキグルミオンと……いったい何体のドローンなら、割りが合うと政府が考えるか……」
美佳が一人呟きながらモニタに指を走らせる。
電話の機能を呼び出したようだ。
だがしばらく呼び出し音が鳴るが、その電話の相手は出なかった。
美佳はその電話を切ると別の相手に電話をかける。だがその相手も出なかった。
「むむ……両親先生が、溺愛する娘の宇宙からの電話に出ない……予想通りの要求を突きつけられて……今頃対策にてんやわんやしてると見た……」
美佳が電話を切りながらぽつりと呟く。
「ええっ! じゃ、何? キグルミオンを諦めろって! あの大統領は言ってるの?」
「多分……」
「そんなの認められないってば、美佳!」
「でも、世間様は……期待のコメントでいっぱい……」
「ぐっ!」
「むむ……『大統領の14歳の息子に乗らせろ』なんて、意味不明なコメントも……」
「知らないわよ、そんなの!」
「ふふん……それにしても……」
美佳がモニタに指を走らせる。
そこには世界各国語の言葉で、今回の大統領の決定に関するコメントが寄せられていた。
賞賛のコメントでそのほぼ全てが埋め尽くされていく。
「ぐぐ……どうなってるのよ、美佳……」
「ひとまずは、人類の期待は今この人に集まってるってこと……」
美佳が最初に脇に寄せた中継映像を再び大きく表示した。
報道陣のフラッシュと人類の期待を一身に浴びている男の映像に、
「むむ……この笑顔で、キグルミオンを人類から取り上げるつもりなの……」
ヒトミは悔しげに呟き唇を横一文字に結んだ。