二十二、一気呵成! キグルミオン! 7
「たく……むやみに、ぬいぐるみをけしかけるな……」
坂東が巨体を左右に振った。髪についた雨の滴でも払うようのその仕草。坂東は左右に振った体でわらわらとまとわりついたぬいぐるみを引き剥がす。
無重力に身を任せて上下左右に散っていくぬいぐるみ達。その皆が突然の出来事にいかにも驚いたという風に、それでいてわざとらしいまでに大袈裟に手足を振って飛んでいく。
坂東の後から出てきていたリニアの利用者達がその突然の光景にぎょっと目を剥いた。
駅に散らばっていくヌイグルミオン達は、駅に居た利用者たちの合間を縫うように飛んでいく。
それでいてこちらに目を輝かせるクルーには、その身を任せるように抱きついていった。
「隊長……駅でヌイグルミオンを撒き散らすなんて……迷惑……」
美佳が自分の方に飛んできたウマのぬいぐるみを手で抑えながら、非難がましい半目を坂東に向ける。
「そうですよ。可愛そうですよ」
こちらは左手一本で二、三体を一度に受け止めながらヒトミが唇をとがらせる。
「あは……ぬいぐるみちゃん達が、宙に……私の胸に……飛び込んで来た……」
サラが両手を広げてぬいぐるみを迎える。その顔に広がった満面の笑みでかき集められるだけのぬいぐるみを抱えようとした。
「知るか。散らばったなら、集合させておけ」
坂東が不機嫌そうに床を蹴る。坂東はその一蹴りで周りに残ったぬいぐるみの群れから脱出する。
「やっぱ、恥ずかしいだけじゃないんですか?」
そんな坂東の様子にヒトミが一度はとがらせた唇を意地悪げに結ぶ。
「私情は挟まんと言ってるだろう」
「ええっ? ほら、ちょうど、隊長に似合いそうな子が揃ってますよ」
最初から抱いてたウサギのぬいぐるみ。それと、後から飛んできたクマ、バッファロー、ジャイアントパンダのぬいぐるみ。それぞれを両手に抱えたヒトミが坂東に手渡すように前に体を傾ける。
「なぜ、俺にそれが似合うと思う?」
「うちのヌイグルミオンちゃんたちの中でも、屈指の肉体派ですから」
「ハニースキー……ムレルスキー……タイヤスキー……ゴー……」
美佳の合図にヒトミの腕の中からぬいぐるみ達が飛び出す。クマ、バッファロー、ジャイアントパンダの順で飛び出したぬいぐるみが、空中で筋肉を誇示するポーズをとった。
「あはぁ……そっちも可愛い……」
ボディビルダーよろしくポーズをとるぬいぐるみ達に、抱えられるだけぬいぐるみを抱えたサラが振り返る。
背中に怠け者をぶら下げたサラは、ムササビやチーター、オオカミなどをこれでもかと抱えていた。
「お前な、仲埜……」
「あと、何と言ってもぬいぐるみといえばウサギ。リンゴスキーは隊長専属でいいんじゃないですか? ギャップ萌で、女性クルーにモテモテになれるかもしれませんよ」
「モテる必要などない」
「そうですか? 食堂車と言えば、でしょ?」
ヒトミが意地悪げに半目に目を細める。
「何の話だ?」
「さあ、何の話でしょうね」
ヒトミが話をはぐらかすように空中で反転する。
坂東の背中の向こうではまだ乗客の降車が続いていた。
その中から南アジア系の顔立ちの女性が白衣に身を包んだ姿で現れる。
「あら、プーラン博士。ご一緒でしたの?」
その姿を見つけた久遠が手を振った。
「ええ……奇遇ですね……」
白衣を翻したプーランが駅の床を何度か蹴って久遠の下に近づいてきた。
「……」
プーランは坂東の背中を追い越す際に横顔を横目で見た。
「どうです。ヒトミちゃんのバイタルの話でも、この後――」
「いえ、桐山博士……私は急ぎの用がありますので……」
だが特に話しかけるでもなく坂東の脇を抜けたプーランは、話しかけてきた久遠の横も通り過ぎる。
「ふふん……」
その背中をヒトミが意地悪げに目を細めて見送った。
「仲埜、何を気持ち悪い顔をしてる?」
「『気持ち悪い』って何ですか? 花の乙女をつかまえて!」
「いや、そんな感じだろ?」
「イーッだ! そんなんだから、女性の気持ちが分からないんです。モテモテまで程遠いんですよ、隊長は!」
「だから、何の話だ?」
坂東が本気で分からないという風に首を傾ける。
「ふん……ホント、モテる要素ないと思うんだけどな……」
そんな坂東を尻目に、ヒトミは小さくなっていくプーランの背中を見送った。