二十二、一気呵成! キグルミオン! 5
暗く落された照明がゆっくりと明るくなっていく。
それは夜明けをイメージしたような暗から明へとの優しい移り変わりだった。
寝台車のベッドの上にその明かりは落される。
睡眠用に暗く落されていたはずの照明が起床時間が近づき自動で明るくなっていった。
「んん……」
その朝日を模した灯に、ベッドの上のヒトミは閉じた瞼の奥で瞳を震わせた。
ヒトミはベッドのシーツをくしゃくしゃにして脇に蹴飛ばしていた。
右脇にウサギのぬいぐるみを抱きかかえ、左手と両の足は放り出すような寝相だった。
ヒトミはウサギの横顔に顔を埋めるが、本来のベッドは床に落ちていた。
その落ちた枕を挟んでの反対側。
「むにゃ……ユカリスキー……」
こちらはがっしりとコアラのぬいぐるみを抱きかかえた美佳がシーツに包まっていた。
美佳は両手両足で抱え込むようにコアラのユカリスキーを抱き締めて寝ていた。
照明の光が更に明るくなる。
その光から逃れるように美佳がユカリスキーの頭頂部に顔を埋めた。
車内放送を告げる軽快なリズムのチャイムが、静かにそれでいてはっきりと車内に鳴り出した。
「おはようございます。まもなく本リニアは、運行を終え停止します。疑似重力が徐々に失われますので、ご注意ください」
続いてアナウンスが寝台車の中に告げられる。
それはこの寝台車の客に合わせたのか日本語だった。
「もう……五分……」
ヒトミはそのアナウンスから逃れるように寝返りをうった。
寝返りをうつと同時にウサギのぬいぐるみを抱き寄せる。そしてその寝返りでシーツもベッドから脇へと落ちてしまった。
そのヒトミの横顔を容赦なく照明の明かりが襲う。
ヒトミはリンゴスキーの耳を二の腕で器用にはねあげると目元をそれで隠した。
ヒトミはそれで明かりを遮ると再び寝息を立て始める。
「本リニアの加速は三十分後に終了します。それ以降は徐々に減速し、それに伴い疑似重力も失われていきます。降車の身支度などは、疑似重力をご提供している間をお勧めいたします」
「ぐぬ……後、三十分……」
美佳がシーツの中に隠れるように身をかがめる。
こちらはシーツの中に完全に身を隠しその中でユカリスキーを更に抱き寄せた。
「なお、加速集力後の十分後に、本リニアは駅に完全停車します。お忘れ物なきように、ご支度くださいますようにお願いいたします。本日は本リニアのご利用ありがとうございました」
「美佳……リニアが駅に停まるって……」
ようやく現実を受け入れ始めたらしきヒトミがウサギの耳の下からつぶやく。
「ぐふ……まだ三十分ある……」
こちらはシーツの奥深くから美佳の返事は返ってきた。
「支度は……」
「ギリギリまで、寝るに決まってる……」
「賛成ね、美佳……」
ヒトミは美佳の返事に賛同し、リンゴスキーの顔に更に顔を埋める。
その動きで返ってウサギの耳が顔から垂れて落ちてしまった。
「むむ……」
再び襲ってきた明かりにヒトミが唸る。
「でも、女子として……そろそろ起きないと……顔とか洗う時間が……」
ヒトミが眉間にシワを寄せて唸る。それでも目は固く瞑られていた。
「ぐぬ……ユカリスキー、電車運転してきて……乗り越しますって……」
「リンゴスキーは車掌さんね……切符見に来て、乗り越し清算するから……」
「すぅ……」
「ぐぅ……」
二人はしばらく意味のない会話を続けると、もう一度寝息を上げ始める。
二人は再び朝の惰眠を貪り始めた。
そんないつまでも起き上がる気配のない二人の頭上に、
「ほら、二人とも! 早く起きる! そろそろ擬似重力なくなるわよ!」
久遠の声が再生されて届けられた。
ドアにつけられていたモニタが光り、そこに久遠の顔が映し出されていた。
ドアの向こうにあるカメラを覗いているらしい。その久遠のアゴから頬にかけて、ライオンのたてがみが揺れていた。
「後、五分……」
ヒトミが顔も上げずに応える。
「何言ってるの? 後、五分もないわよ。とにかくドア開けて」
「ユカリスキー……ゴー……」
美佳の声がシーツの中から漏れて聞こえた。
シーツがしばらくごそごそと波打ち、その端からコアラのぬいぐるみが飛び出てくる。
ユカリスキーはまっすぐドアへと向かうとそのにあったスイッチを背伸びしながら押した。
「たく……」
開いたドアから入ってきた久遠はすでに身支度を終えた姿だった。うっすらと化粧をし、身なりも整え終わっていた。
身の回りのものを詰めたカバンを手に久遠が部屋に入ってくると、
「減速を開始しします。無重力状態にご注意ください」
リニアの減速を告げるアナウンスが流れ出した。
そして実際ベッドのシーツなどがふわりと浮かび始め、
「ほへぇ……」
「ぐぬぬぬ……」
パジャマ姿のヒトミと美佳の体も宙に浮かび上がった。