二十二、一気呵成! キグルミオン! 2
「あら、ヒトミちゃん? 一人?」
宇宙に上がった実戦物理学者――桐山久遠は、食堂車のテーブルの向こうからそのつり目の目を向けた。
久遠は食堂車のテーブルの通路側に座っていた。
久遠は体を通路側に傾け、連結部のドアの向こうを遠くにのぞき見る。そこから入ってこようとしていたヒトミに、自分がここに居るとそのつり目で合図を送る。
久遠のヒザの上では、両腕を雄々しく組んだライオンがいた。ライオンのぬいぐるみは、己の身を預けた体が傾いても、動じた様子を見せずに腕を組み続ける。
そんなヒルネスキーを片腕で支えてやりながら、久遠は笑顔でヒトミを迎える。
「はーい。ミズ・ヒトミ」
久遠の隣の席からはサラが身を乗り出していた。サラは椅子に座ったまま、半分久遠の体に身を預けて廊下に身を乗り出している。
久遠に重なるようにしてサラが身を傾け、その背中では一切が他人任せなナマケモノが一緒に身を傾けていた。
衝立がそれぞれのテーブルの間を区切っていた。
テーブルの奥に居たサラはもちろん、久遠も体をかなり斜めに傾けてこちらに近づいてくるヒトミを迎える。
久遠、サラ、そしてどのような状況にも動じず腕を組み続けるライオンと、他人任せに背中に垂れ下がったナマケモノのぬいぐるみが、四者四様に身を斜めに傾けていた。
「皆、行儀悪いですよ」
リンゴスキーを抱えたヒトミが、通路を最後は小走りで駆け寄ってくる。
衝立の向こうに隠れて手前側のテーブルの人物は見えない。
だがその頭部は衝立では隠しきれずに、後頭部が全てのぞいていた。
「隊長、邪魔です。奥に詰めてください」
ヒトミは衝立で隠れる人物をろくに確認もしないまま、その向こうに体で相手を押すように身を滑り込ませる。
「誰が、邪魔だ」
宇宙怪獣対策機構の隊長と呼ばれる男――坂東士朗は、肉料理を口に運びながらその場を立とうとしない。
「ただでさえ無駄に大きいんですから、食堂車の狭いテーブルでは遠慮してくださいよ」
ヒトミがその様子に、己の腰で坂東の肩をぐいぐいと押しやる。
「ふん……」
坂東はその大きな手で目の前の肉料理の乗った皿をとり、一つ奥のイスへと身を滑らせる。
空いた席へとヒトミは座り、己のヒザの上にウサギのぬいぐるみをちょこんと座らせた。
「ごめんね、急に呼び出して。皆寝つけなくって」
座り直した久遠が手に持ったカップを揺らす。
カップからは湯気が立ち上がっていた。紅茶の透明感のある香りが、そこからはうっすらと立ち上がっている。
その隣ではサラが自身のカップに口をつけていた。こちらはエスプレッソのようだ。小さなカップから芳醇な香りが立ち込めていた。
「いいえ。私も起きてましたから。紅茶ですか、久遠さん?」
「ええ。湯気の立つ紅茶は、ここでしか飲めないからね」
久遠が目を細めてそのカップの水面に目を落とす。いかにも貴重な時間と言わんばかりに、久遠は静かにその湯気立つ琥珀色の紅茶を口元に持っていく。
「確かに。てか、隊長。隊長は、今から夕食ですか? 遅くないですか?」
ヒトミが目の前に残っていたパンの皿を坂東の方に押しやる。
ヒトミのヒザの上では、リンゴスキーが耳を横に垂らしながらぐったりとしていた。
その様子は遊び疲れた子供が、親の胸元で寝入ってしまったところにそっくりだった。
「はわわ……」
サラがその様子に目を輝かせる。
リンゴスキーの両耳は疑似重力に引かれるがままに垂れ、ウサギの体がうたた寝で揺れる度にこちらも揺れる。
サラはそのウサギの耳に目を釘付けにし、こちらも揺れるに合わせて身を上下させた。
「ああ、食堂車に入ってすぐ。刑部と話していたからな」
「ああ、あの人。お元気でした?」
「お前ほどではないがな」
「ひどい」
ヒトミが悪く言われた仕返しとばかりに、坂東の皿からパンを一つ横取りする。
坂東が何か文句を口をする前にヒトミはそのパンを頬張ってしまう。
「美佳ちゃん、寝ちゃったんだって?」
久遠がカップを持ち上げながら訊いた。
「美佳は、仮眠もしてたくせに、今もぐっすりです」
「眠たそうにしてるものね、ミズ・ミカは」
「それは、いつものことですよ、サラ船長」
応えたヒトミの腕の中で、ウサギのぬいぐるみがピクリと身を痙攣させる。
垂れたウサギの長い耳が、衝立からはみ出て通路にのぞいてた。
通路からはみ出て揺れるウサギの耳。
食堂車に新たに入ってきた人物の目に入ったのは、まずはその光景だったようだ。
食堂車のドアが開いていた。ドアの向こうでは何故か一人の人物がその場で立ち止まっていた。
ウサギの耳がゆらゆらと揺れている様を見て、
「……」
その人物はその場でぎりりと奥歯を噛み鳴らした。
改訂 2025.11.02




