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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二十一、百花繚乱! キグルミオン!
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二十一、百花繚乱! キグルミオン! 10

「ぷっはーっ! 重力サイコー! シャワーの勢いが違わね!」

 褐色の肌から艶やかに生える少しくせのある毛。その水に濡れた髪にドライヤーの熱風を当てながら

サラが目を細めた。

 パジャマに着替えたスペース・スパイラル・スプリング8のサラ船長が、派手な音を当てるドライヤーの風に髪をなびかせていた。

 その首筋にはナマケモノのぬいぐるみがしがみついていた。自らの意思でそこにしがみついているそのナマケモノは、顔に熱風が当たろうとも水滴がかかろうともその首筋から離れようとしなかった。

 ドライヤーの風で大きめの水滴が宙に飛んだ。

 この宇宙でその水滴が地面へと向かって落ちていく。

 それは心なしか通常の落下よりは幾分ゆっくりと見える。遠心力で作り出された疑似重力下での引力が、地上の重力の代わりに床に水滴を落としていった。

 サラは寝台特急が作り出した重力によるシャワーを浴び、今その髪を寝台車で乾かしている。

 サラは寝台車のベッドに腰掛けていた。

 別のベッドではやはり腰掛けた久遠が何やら端末を一身に操作していた。

 向かい合ったベッドは一人一人通るだけのスペースしかない。二人は交互に体をずらしてベッドに腰掛けそれぞれの作業に勤しんでいた。

 久遠の目元の横でライオンのたてがみが揺れた。

 ベッドの上に仁王立ちしたライオンのヒルネスキーが、腕組みをして久遠の端末を覗き込んでいた。

 ベッドの真上は収納スペースになっていた。開閉式の棚があり、そこから私物や備え付けの設備を取り出すようだ。

 天井はそこそこ高かったが、その棚の底にヒルネスキーのたてがみがわずかに押しつぶされていた。

「Pesanteur?」

 久遠は聞こえてきたサラの独り言の中単語を一つ聞き返す。それはフランス語だったが、久遠には馴染みのある単語だったようだ。

「Yes. Gravity」

 サラが今度は英語で答えた。独り言は母国フランス語だったが、久遠との会話には英語を選んだようだ。

「まあ、やっぱり地球で進化した人間ですものね」

 その方がありがたかったのか、久遠も英語で応えた。

 二人はそのまま翻訳機の力を借りずに英語で会話する。

「カルシウムが抜けるって、厄介よね。どうせなら、余計な脂肪が抜けてほしいわ」

 サラは寝間着の脇腹の肉をつまんでみせる。

「それは同意ね」

 久遠が相変わらず端末に指を走らせながら答えた。

「私油断すると、すぐお腹に肉がついちゃうの。エクササイズも、心の中ではダイエットのつもりでやってるわ」

「ナマケモノを背負って?」

「そうよ。ナマケモノを背負ってよ」

 サラがクスクスと笑いながら答えた。サラはドライヤーの電源を切るとベッドの上にあった開閉式の棚に手を伸ばす。

 サラにとっては少しその棚は高かったようだ。背伸びしたサラの背中が後ろに倒れそうになった。

 その背中でぶら下がったままのダレルスキーが派手に揺れた。

「おっとと……」

 ダランスを崩したサラが呟くとその背中が柔らかなもので支えられた。

「あら、ありがとう。ダレルスキー……な訳ないか……」

 サラが振り返るとライオンのヌイグルミがサラの背中をその手で支えていた。

 いつの間にか身を翻していたヒルネスキーが、雄々しく両の前足突き出し、凛々しく後ろ足を突っ張らせてそのサラの身を支える。

 だがそのヌイグルミ故の大きな顔が、この後に及んでもぶら下がっているだけのナマケモノの背中にめり込んでいた。

 ヒルネスキーの顔はサラの背中を支えながらぺちゃんこに凹んでいく。

「ヒルネスキー! Merci!」

 ドライヤーを収納し終わったサラが振り返り、ライオンのヌイグルミを抱き上げた。

「ああ、働くヌイグルミも悪くないわね! ああ、でもダメ! 私にはダレルスキーが! ああ、せめて今だけは、前手と後ろからヌイグルミに包まれる喜びに浸らせて! だって、滅多にない寝台特急の割り当てだもの!」

 背中にナマケモノを背負ったサラが、力の限りヒルネスキーを抱き寄せる。

 サラが埋めるようにその顔をライオンのたてがみに押し付けると、ヒルネスキーの横顔は先以上に凹んでいった。

 どんなに顔が凹んでしまおうが、それでもヒルネスキーは堂々と腕を組んでその抱擁を受け入れた。

 雄々しく凛々しく胸を張るヒルネスキーの顔が、崩れ切った顔を埋めるサラの頬で凹んでいく。

「はは……」

 その様子に久遠が苦笑いを浮かべて頬を掻いた。

「あら、ようやく手を休めたわね、ミズ・久遠。さっきから何を見てるの?」

 サラがヒルネスキーを抱き寄せたまま久遠の手元を覗き込む。

「先生の論文を見直してたわ。特に――」

 久遠が端末をサラに向ける。

「ドクター・コウノイケは、自らノーベル賞を諦めた――とまで言われた論文ね」

 サラがその端末に表示されていた英文のタイトルに目を細めた。

「そうよ……」

「Anthropic principle……」

「ええ、Anthropic principle――『人間原理』よ……それも強い人間原理の論文……先生がこれほどまで強く人間原理を主張するとは、それまで誰も思っていなかったわ……」

 久遠が子供の頭でも撫でるかのように優しくその表示されていた論文の表紙を撫でた。

 その操作で論文がめくられ、そこに目次が現れる。

「そのセンセーの強い人間原理を、肯定しつつ否定してまったのが……」

 サラが目次に手を伸ばす。

 サラの指がめくったページを久遠が目で追う。

 そこに人間がキグルミ状の何かに入ったイラストが描かれていた。

 それは動物のキグルミではなく、何か人間をそのまま大きくしたようなシルエットをしていた。

 キグルミの中の人のイラストに目を落としながら、

「ええ、今回のドローン・キグルミオンよ……」

 久遠はどこか悔しげに唇の端を歪めながらサラに応えた。

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