二十一、百花繚乱! キグルミオン! 8
「シャトルがひっそりと地球に帰還しましたよ」
坂東の耳元で男の声が再生された。
坂東は携帯端末を耳元に押し当てている。
そしてその身はベッドの上で浮いていた。
「そうか。こっそりと戻ったか」
坂東は相手の声に応えながら空中で寝返りを打つように反転する。
坂東の下のベッドは重力下用のものだった。坂東はそこから浮き上がって、端末に耳を傾けている。
地上での寝返りとは違い一度反転させた身はそのままゆっくりと坂東の体を一周させていった。
坂東の足先から拍車が鳴るような音が小さく響く。
「ひっそりとです」
「こっそりとだろう。こっちでも、ろくに姿は見せなかったぞ、刑部」
電話の相手は自衛隊の刑部だった。
坂東は一回転しながら刑部に応える。
坂東の視界が狭い室内をぐるりと一周する。そこは小さな寝室となっていた。
SSS8の内部を走る寝台特急の寝室だ。真空中を行くリニアで作り出された遠心力で疑似重力を生み出す就寝用の列車。その宇宙の寝台特急の個室で坂東はその身を宙に浮かべている。
今はまだ出発前のか坂東の体はふわりと宙に漂っていた。
重力用のベッドの他には引き出し付きの戸棚が壁と天井に見えた。少し身を起こして手を伸ばせばその棚に手が届き、スライド式で手前に引き出せるようになっている。
狭い空間で少しでも快適に就寝できるようになっている部屋だった。
実際坂東が引き出しの一つに手を伸ばして開けるとそこからチューブ入りの飲料を取り出した。
引き出しの中はその内部を仕切るように、均等に棒が並べて付けられていた。チューブはそこに少し詰め込むように収まっていた。それは無重力でも重力下でも収納と取り出し苦労しない工夫だった。
「軍用シャトルですからね、ステルス性は重要ですよ」
「ふん。だったら、こっそりとで十分だ」
坂東がチューブに口をつけると一気に中身を吸い込んだ。
チューブが瞬く間に細く絞られていく。
「まあ、こっそりとでもひっそりとでもいいんですけどね」
「もっと派手に自国民にアピールするかと思ったが……」
「さすがに機密性が高いですらね。発着陸は、派手に公開はしないでしょう。あれは他の国が未だに手を出していない分野ですからね。まあ、あちらさんの選挙が近かったら、大々的にアピールしていたかもしれませんが」
「軍用のシャトルが役に立つとは、誰も思ってなかったからな……」
坂東は未だに自身が作り出した勢いで回転していた。ベッド脇の小さなダストシュート用のドアが目に入ってくると、坂東はそこに無造作に手を伸ばす。
「高コストなだけですよ。リサイクル費が高くつくんですよ。そのせいもあってあちらさんの独壇場です」
「そうだな。再利用すれば、安くつくはずなんだが」
「シャトルに関しては、メンテナンスの方が高くつきます。それでも貴重な機材ですから再利用はできるだけするというのがシャトルですよ」
「こっちも、リサイクルは大事だな。コストがかかってもな」
坂東は刑部に応えながら開いたドアからチューブの空き容器をそのドアの向こうに放り込んだ。
そのドアには各国語で『リサイクル資源用』と書かれていた。
「そうです。宇宙に軍事衛星を打ち上げるだけなら、ロケットのような使い捨てが一番の安上がりですから」
「ロケットもある程度リサイクルする時代に、軍用ロケットは盛大に使い捨てだからな」
坂東がリサイクルボックスのドアを音を立てて閉める。
それを合図にしたかのように坂東の体が下に沈み始めた。
「リニアが動き出したようだ。重力を感じる」
坂東がベッドにゆっくりと落ちながら刑部に告げる。
「そうですか。まあ、いつも重力がある世界で生きてる身では、重力を感じる感じないの感覚はよく分かりませんね」
「疑似重力で、地球ほどは強くないが……まあ、寝る時にはありがたいな。移動の時は、無重力の方が断然ありがたいが」
「うらやましいですね……さて、そんな宇宙と地上を行ったり来たりのシャトルですが――」
「これからも、手柄を横取りにくると思うか?」
ベッドに今や浅く身を横たえた坂東。さすがにリラックスしたのか坂東は大きく息を吐きながら訊いた。
「もちろんです。軍事機密以外は、今情報を最大限に放出しているようですよ。むしろだだ漏れな感じです。今や時代は自分達のものだと言わんばかりですね」
「キグルミオンの印象を一気に奪うつもりだな……」
坂東はあからさまに眉間にシワを寄せて不快な表情を浮かべると、リニアの速度は最高潮に達したのかその体がベッドに深く沈んでいった。