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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
三、威風堂々! キグルミオン!
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三、威風堂々! キグルミオン! 6

「これで宇宙に行けるんですか?」

 ヒトミがケロリとした顔で、ドアの向こうから皆の前に姿を現した。

 かいた汗をシャワーで流したのか、頭をタオルで()きながらヒトミは(かろ)やかな足取りでモニタ室に入ってくる。

 対重力訓練で限界まで挑戦した後とは思えない、まるでスポーツジムで一汗流してきたかのような(さわ)やかさだ。

「あはは。まだよ、ヒトミちゃん。健康診断もしなきゃだし、他にもやっとかなきゃいけない訓練があるわよ」

 そんなヒトミを久遠が笑顔で迎える。

「はぁい。あれ? 隊長は?」

 ヒトミがその場に居ない坂東の姿を探して、モニタ室に瞳をめぐらす。

 モニタ室には久遠の他に美佳とユカリスキーしか居なかった。

「次の準備に行ってる……」

 美佳が手に持っていた情報端末をヒトミに指し示す。

「次の準備?」

 ヒトミが指し示されたモニタを覗き込む。

 そこには大型飛行機の格納庫の内部が写し出されていた。空港の防犯モニタの映像を拝借(はいしゃく)しているようだ。

 何人かのスタッフが慌ただしげに走り回っていた。その中で頭一つ大きい坂東が、空港の整備員相手に何やら話し込んでいる様子が写っている。どうやら大型旅客機を動かす準備をしているようだ。

 空港のスタッフ相手にしても坂東の体躯(たいく)のよさは際立(きわだ)っていた。そんな坂東の隣にはウサギのヌイグルミオン――リンゴスキーが、必要書類らしきものを手に(あま)るように(かか)えて立っていた。

 リンゴスキーは途中で書類を落っことしそうになりながら、わざとらしくも可愛らしく慌てたように体勢を整え直した。そしてことあるごとに、その長い耳をぴょんぴょんとはねさせている。

 あくまで真面目に話している屈強な体躯の坂東。どこまでも愛らしい仕草(しぐさ)を見せるウサギのヌイグルミ。シュールな組み合わせがそこには写っていた。

「今更だけど、リンゴスキーが隊長に(したが)ってるのって、ひょっとして美佳の意地悪?」

 ヒトミが眉間にシワを寄せた。

「ぐふふ……隊長の暑苦しさは、リンゴスキーの可愛らしさをもってしてやっと相殺(そうさい)できる……」

「相殺する必要あるの?」

「ふふん……」

 美佳は鼻で笑うと端末を降ろした。

「はいはい。後の話は歩きながらね」

 久遠がそう告げると、率先(そっせん)してたった今ヒトミが入ってきた出口へと体を向ける。

「次って、飛行機に乗るんですか?」

 その後をヒトミと美佳とユカリスキーが続く。ユカリスキーは誰よりも早く駆け出すと、皆を先回りしてドアを開けた。

 その行動は紳士的にも見えるし、それでいて自身の体の小ささから全身の力を使って開けようとする姿はどこか(ただ)のはしゃぐ子供のようにも見えた。

「そうよ。次は無重力訓練。こっちも楽しいわよ」

「無重力訓練? じゃあ、やっぱり宇宙にいくんですか?」

 ユカリスキーにドアを支えてもらいながら、ヒトミ達は廊下に出る。

「あはは。違うわ、ヒトミちゃん。あくまで地球上で無重力を体験するの」

「?」

 ヒトミは短い廊下を(ほう)けた顔で久遠に続く。

「分からないって顔してるわね。そうね。アインシュタイン先生の言葉を借りると、無重力と自由落下は等価――区別がつかないってことなのよ。だから地球の重力圏から抜け出さなくっても、無重力そのものは急速に落下する航空機などによって体験することができるわ」

「はぁ……」

 廊下の反対側のエレベータに辿り着くと、今度もやはりユカリスキーが率先してドアスイッチを押す。

「アインシュタイン先生は言ったわ。閉ざされた窓のない宇宙船の中で無重力を体験することも、ロープの切れたエレベータの中で延々に重力に引かれて自由落下し続けることも――」

 現実のエレベータに乗り込みながら、久遠は不吉なことをさらりと口にする。

「実は全く同じことなんだってね。完全に閉鎖され、内側から外部が確認できない空間。そこで感じる重力からの解放。それはどちらも外を確認できない以上、我々には宇宙船の無重力もエレベータの自由落下も違いを感じることはできないのよ」

「はぁ……」

「ちなみにアインシュタイン先生はこの時、ではそこに光が通過したらどうなるだろうって考えて、空間が曲がるとか、光速度は不変だとか――」

 エレベータが地階に着いた。

「博士……話が脱線してる……」

「あら、ゴメンなさい。まあ、そんな訳で。簡単に言うと、飛行機でビュンと飛び上がって、ぐんと落ちちゃえば簡単に自由落下――無重力が体験できるって訳」

 エレベータを降りた三人と一体は、今度も短く廊下を歩くと建物の外に出た。

「飛行機で無重力を体験できるのなら、わざわざ宇宙に出る必要ってあるんですか?」

「それは違うわ、ヒトミちゃん」

 晴れ渡った海上空港。潮風(しおかぜ)()じる風が、久遠達を()でつける。

 久遠達の向こうに見える格納庫からは、大型の旅客機がその巨体をゆっくりと(あらわ)しているところだった。それは先に坂東がモニタ内でスタッフと準備をしていた機体だった。こちらに機種を向け、ゆっくりと近づいてくるそのコックピットにはよく見ると坂東の姿があった。

 久遠はその姿を確かめると、まぶしげに目を細めて空を見上げた。

 久遠は優しい笑みを浮かべると、陽の光に負けないように目を細めた。


「宇宙は――天空は、その身で体感することに意味があるのよ」


 そしていつもは(けわ)しい目で見つめる謎の茨状(いばらじょう)発光体にも、久遠は(やわ)らかな視線を送った。

改訂 2025.07.30

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