二十一、百花繚乱! キグルミオン! 5
「ぐぬぬ……ネットの皆様は……ドローン・キグルミオンの話題で持ちきりのご様子……」
眠たげな半目が疑わしげに細められた。ユカリスキーを胸に抱いた美佳が、情報端末に目を凝らしていた。
美佳の体はどこかすねたように丸められて宙に浮いていた。
ユカリスキーが美佳の言葉に応えるように、何度も腕の中でうなづく。
ユカリスキーと端末をのぞき込む美佳の体が、ふわふわと漂っていく。
「別に、いいわよ。スージーちゃんが活躍したのは、事実だし」
こちらは椅子にベルトで身を固定したヒトミが応える。
ヒトミは左腕の内側を前に突き出していた。
ヒトミの腕はこちらも台にベルトで固定されおり、腕そのものがゴムバンドで縛られていた。
ゴムバンドに縛られた左上のヒジの裏側に、柔らかな血管が浮き出る。
そこに細い注射針が差し込まれた。
「はい、ヒトミちゃん。動かないでね」
注射針を差し込んだのは久遠だった。
SSS8の医療室。こちらも椅子にベルトで体を固定した久遠が、ヒトミに注射針を差し込んでいた。
その隣には、こちらもベルトで身を椅子に固定したリンゴスキーが見守っていた。
リンゴスキーは久遠の助手役らしい。ウサギの耳をぴんと立てながら、いかにも真剣とばかりに注射針をのぞき込む。
それは採血用の注射だった。
注射針と採血部が別の部品に分かれている。針を刺す部分と、血を集めるところが別のパーツになっていた。
針を先に差し込み、針の反対側の受け口に採血部を後から押し込むタイプだ。
針側のパーツは針とは反対側に管が突き出た接合部がある。採血部のパーツを受け付ける為に口の開いた管状になっており、その底部に細い管が突き出ている。
採血部のバーツは針側に押し込まれる方が、柔らかなシート状のもので覆われていた。そこを針側から突き出た管に押し込むことで、結合しまた血を集める仕組みとなっていた。
採血管の方は真空になっており、その圧力の差で血を吸い上げる仕組みだ。
実際久遠が針を差し込み採血管部分を押し込むと、その透明な採血管に血が噴き出していった。その圧力の差でヒトミの赤い血が見る間に吸い出されていく。
「でも……このままでは、キグルミオンの露出度が減る……」
「目立つ為に、戦ってないわよ、美佳」
針が刺されている痛みに対してか、心外なことを耳にしたせいか。ヒトミが眉間に軽くシワを寄せながら応える。
「そうだけど……あんな、血の通わないものに……地球を任せるのかという意見は少数……気に入らない……」
ちょうどヒトミの腕の前に漂ってきた美佳が、その腕に刺さった採血管に噴き出る血を見ながらつぶやく。
反対にユカリスキーは、見ていられないとばかりにボタンでできた両目をその手で覆った。
「人類は宇宙怪獣の脅威にさらされているの。希望の光が増えれば、それだけ人類が生き残る可能性が高まるでしょ」
「それはキグルミオンの役目……」
「別に。他の誰がやってもいいわよ。人類が助かるのなら」
「むむ……それはそうだけど……」
美佳が漂いながら、久遠の目元をのぞき込む。
久遠は注射針を抜き取るタイミングを図っており、美佳の方には振り返らなかった。
久遠は採血の管を抜き取ると、新しい管を差し込んだ。その間も針自体はヒトミの腕に残っており、管だけ変えることによって新たに採血することが可能だった。採血済みの管をその側で見守っていたリンゴスキーが受け取る。
美佳は目を転じると、新しい血が噴き出すのをじっと半目で見つめた。
しばらくヒトミの血を見つめた美佳はそのまま視線を情報端末に戻し、いつもとは違いゆっくりとその上に指を走らせた。
「lolとか……OMGとか……色々と飛び交ってる……」
「何、それ?」
「英語圏の笑いとか驚きの略語……まあ、向こうさんの拍手喝采か……こちらへの嘲りか……」
「笑われる意味が分かんない」
「はい、おしまい」
ヒトミの腕から注射針がようやく抜かれる。
抜かれた注射針はやはりリンゴスキーが受け取る。注射針を手にしたリンゴスキーは壁際の廃棄用シュートの扉を開けた。
壁にあった扉を開けると空気が吸われる音が響いた。ポンプによって作られた空気の流れで、リンゴスキーが注射針を放り込むとあっという間にその向こうに消える。
「世間様の評価なんて、気にしないでいいわよ、美佳」
注射針の後に巻かれた止血帯を押さえながら唇を尖らせると、
「むむ、そうだけど……この全部の情報源が……大元を辿れば、アメリカのPR会社の子飼いのサイトからってのが……いやはや……」
こちらは半目を細めた美佳が端末を手につぶやいた。
改訂 2025.10.30




