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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二十、快刀乱麻! キグルミオン!
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二十、快刀乱麻! キグルミオン! 14

「キグルミオン! いっきます!」

 ヒトミがバックパックに背中を押されて前に出る。

 最初こそは重たげにその身が動き出すが、真空ゆえにすぐに加速度的にヒトミは前に進んでいく。

「気をつけたまえ、仲埜くん!」

「撃ってきますか、おやっさんさん?」

 みるみると近づいていく宇宙怪獣とスージーの格闘の現場。キャラスーツの中で聞こえてきた鴻池の声に、ヒトミが息を()みながら(こた)える。

 ヒトミは鴻池に(こた)えながら、右手を突き出して手のひらを平げて見せた。

「撃ってくるだろうね。僕の知ってるあいつは、そういう奴だ」

「よく知ってるんですか? どんな人です」

 宇宙怪獣とスージーの姿が、すっぽりとその手のひらの中に収まる。

 ヒトミはその手を前後に二、三度動かした。

 宇宙空間ゆえにその距離感はつかみにくい。(おの)の手の大きさとその動きで、相手までの距離をヒトミはその仕草で(はか)ろうしたようだ。

 実際ヒトミは満足げにうなづくと手を引っ込める。

 そして距離が近いと見たのか、ヒトミはぐっとそのまま両の拳を握る。

「天才だよ。さっきから、無線に割り込んでくるあの男。いつも通りだ。学会でも、新人の発表に開始早々平然と質疑を入れて、五分で(つぶ)してしまう。自分以外は何とも思っていない男さ。人を潰しておいて、それに喜びでも感じてくれればかえって人間くさいがね。他人の学説と人生を潰しても、本人は何も感じたてる様子を見せないね。一言で言って、天才だ。天才という才能以外は一切持ってない。そういう天才だ」

「ミサイルで潰されるよりマシですよ」

「それもそうだ。おっと、話しすぎた。そろそろだ。気をつけて……」

 鴻池の声がそうヒトミに注意を呼びかけると、

「分かってます!」

 自らも距離を(はか)っていたヒトミが身構え直した。

 遠くあるようにも近くにあるようにも見える宇宙での距離感。ヒトミはそれを事前に(おのれ)の手で(はか)り、今も確実に把握(はあく)しているようだ。

「ヒトミ……バックパック、推進剤停止……加速終了……」

 今度は美佳の声がヒトミの耳元で再生される。それと同時に、ヒトミの体を加速していたバックパックの推進剤が沈黙した。

「了解、美佳!」

「後は、慣性……こちらで距離を、レーダーで捕捉……直前で、逆制動をかける……」

()らないわ」

「ヒトミ……」

 ヒトミの答えに美佳の驚きの混じった声が聞こえてきた。

「でも、距離感が……」

「分かってる!」

「止めないと……」

「止める!」

 美佳に(こた)える為か、(おのれ)の決意の自然な(あらわ)れか。ヒトミは最後に一際(ひときわ)大きく答えると、向かってきた勢いのままに宇宙怪獣とスージーに向かって拳を()り出した。

 勢いも殺さずに拳を繰り出したきたヒトミに、宇宙怪獣が驚きと憎悪(ぞうお)の入り()じったような(ゆが)んだ視線を送ってきた。

 だがスージーと取っ組み合っていた宇宙怪獣は、目を()くことしかできない。

「おりゃっ!」

 ヒトミの拳が目を見開く宇宙怪獣の顔面にめり込んだ。

 (おのれ)の質量に慣性の力を乗せたキグルミオンの拳。それが宇宙怪獣の顔にめり込み、スージーと組み合っていた腕を強引に引き()がした。

 引き()がされた宇宙怪獣は目をしかめ、()わりに(きば)()いた。恐竜然としたその顔に、深く刻まれたシワが宇宙怪獣の感情を()き出しにさせる。

 宇宙怪獣はキグルミオンの質量を受け止め、宇宙を(すべ)るように後方に飛んでいった。

「どうだ!」

 宇宙怪獣に拳を打ち込んだヒトミは、その反作用に上半身を後ろに倒してその場で回転を始めていた。自らの力で反転し始め、あまつさえヒトミは後ろに(はじ)かれていく。もちろんそのような状態で回転が安定する訳もなく、ヒトミの体は斜めに横に縦にと、無軌道(むきどう)に回転した。

 感情()き出しで飛んでいく宇宙怪獣に、くるくると躍動(やくどう)するかのように(はじ)けていくキグルミオン。

 先まで宇宙怪獣に取り付いていたスージーだけが、その場にポツリと取り残された。

「とりゃっ!」

 ヒトミが気合いとともに身をひねる。

 後ろに流れていく勢いを、体をひねることで横の回転に変えた。

 ヒトミは体操選手よろしく体を複雑にひねり、自身の身が横方向に回るように仕向ける。

 そして縦ではなく、横方向に鋭く小さく回転することで、スピンの安定がもたされていた。

「美佳!」

 完全に横回転だけになると、ヒトミが美佳の名を呼ぶ。

「了解……」

「おっしゃ!」

 スピンしながらも回転が安定したヒトミの背中で、バックパックが火を()いた。キグルミオンの体が、徐々に噴射されるその推進剤で段階的に回転を(ゆる)めていく。

 回転の収まってヒトミの視線の先に、原理不明の力学で宇宙怪獣もその身を立て直していた。

「もう一丁! いくわよ!」

 ヒトミの気合いとともに、背中のバックパックが再びキグルミオンを前へと押し出す。

 宇宙怪獣も合図したかのように、ヒトミに向かって向かってくる。

 ヒトミと宇宙怪獣が互いを目指して飛んでいく。その二点の直線を結ぶ線上に居たのは、その場に残されていたスージーの前だった。

「――ッ!」

 そのドローンの目の前でヒトミと宇宙怪獣が再び激突する。それは互いが互いをまっすぐに目指した結果、最後は(ひたい)と額を正面からぶつけ合う。

 互いの力が拮抗(きっこう)したのか、無重力の宇宙空間にもかかわらず今度は互いの身を押し戻さなかった。

 (ひたい)と額を衝突させて、互いの目の奥をのぞき込むキグルミオンと宇宙怪獣。着ぐるみ然としたつぶらな瞳が宇宙の星々に(かがや)き、宇宙怪獣の凶悪そのものを光らせたような赤い眼球が内から光る。

 そしてその激突の現場からドローン・キグルミオンが、すっと後ろに身を引いて距離をとった。

 まるで何かを()けるかのように、後ろに移動したスージーの背中の向こうでキラリと何かが光る。

「仲埜!」

 坂東の声が唐突にヒトミの耳元で再生された。

「分かってます!」

 ヒトミが坂東の声に(こた)えるや(いな)や、そちらを見もせずに右の拳を振り上げた。内から外へと払われたその拳は、裏拳を放つように虚空(こくう)へと突き上げられる。だが実際はすぐにその拳に吸い込まれるように何かが飛来していた。

「邪魔すんな!」

 叫びあげるヒトミの右の裏拳に先端をめり込ませ、

「――ッ!」

 飛来した対獣ミサイルが閃光を上げて爆発した。

改訂 2025.10.27

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