二十、快刀乱麻! キグルミオン! 13
「何してくれてんのよ!」
宇宙の一角で猫の着ぐるみが肩をいからせた。
中の人のヒトミの声が、その身を震わせる。声を伝える空気のない宇宙では、それが震わせたのは自身の身だけだった。
怒りに燃えるキグルミオンの体は、その声にも揺すられて細かく身を震わせる。
まるで猫が毛を逆立てるように、ヒトミは目一杯肩をいからせて己の激情を表してみせる。
「あれ! バックパックが動かない! ちょっと! 今から反撃なんですけど!」
ヒトミが首だけ後ろに巡らせて、背中を見ようとする。
先の衝撃の影響か、キグルミオンの背中で推進用のパックパックが沈黙していた。
「ああ、見えない! 壊れてません? 久遠さん!」
ヒトミがどんなに首を巡らせようとしても、そこは自分の背中。無重力も相まって、ヒトミは一人でその場で回転するだけだった。ヒトミは一人縦に軸をとって、自身の尻尾を追う猫のようにぐるりとその場で一周回った。
「ヒトミちゃん! 大丈夫なの!」
そんなヒトミの鼓膜を、震えを帯びた久遠の声が揺らした。
ヒトミがようやく背中を見るのを諦め、その声に応えた。
「大丈夫です! ただのミサイルでした! でも、アッタマきた!」
「そう。対獣ミサイルね。直撃されたの? こっちのデータは、かなりの衝撃を伝えてるんだけど。そのせいで、バックパックは今、自己状況のチェック中。ちょっと待っててね。それぐらいの衝撃だったのよ。本当に大丈夫、ヒトミちゃん?」
ヒトミの耳元で焦りからか、久遠の声が早口に再生される。
「ええ、デコピンばりに痛かったですけど」
ヒトミがキグルミオンの額を指差した。
「で、『デコピン』?」
「そうですよ! 久遠さん! 顔面に炸裂ですよ! 文字通り、頭に来ました!」
「そ、そう……」
「あれだけ面食らったのは、クラスメートに罰ゲームでデコピンされて以来です!」
ヒトミが今度は前を指差す。
人差し指で指差す前にヒトミはその指を親指にかける。人差し指で額などを弾く際によくするように、ヒトミはそのままぐっと指に力を入れた。
デコピンの要領で、ヒトミはその人差し指を解放して弾けさせ、ぴんと真っ直ぐと己の前を指差した。
ヒトミの指差した先には、格闘を続けるドローン・キグルミオンと宇宙怪獣の姿があった。
ドローンの方がわずかに押されているようだ。
宇宙怪獣が繰り出す牙に、ドローンが身を後ろに傾けて応戦している。
「ヒトミ、あれ一応通常レベルでは、人類にとっての宇宙怪獣用の兵器……」
久遠に変わって、いつもの平坦な口調を取り戻した美佳の声が再生される。
「知らないわよ、美佳! てか、威力はどうでもいいのよ! アレ、絶対私狙ったよね? 狙われたよね! ねぇ?」
「今軌道計算終わった……真っ直ぐヒトミの方に向かって飛んで来ていた……」
「でしょ!」
「でも、ヒトミの方から、そこに向かっていったのも事実……」
「関係ないわよ! 絶対狙ったわ! あれ! あのスージーちゃん! いじめっ子ね! クラスに絶対一人は居る、高飛車女子と見たわ! ちょっと他の娘と違って、ミサイルとか、自家用宇宙船とか持ってるからって、いい気になってる! そんな娘よ!」
「そう……こっちでは、ドローンって呼ぶことにした……」
「あっそ。どっちでもいいわよ! あのドロドロのいじめっ子スージーめ! 今いくわ! おのれ! パンの早食い競争で負けたのならいざ知らず! 何もないのに、デコピンだけ食らわされてたまるか!」
「ヒトミ……早食いとか、得意そうなのに……」
「あの時は! あれよ! 最後にむせたのよ! 勝ちを焦り過ぎたわ! コロッケパンを最後にしたのも、戦略として間違ってたわね! てか、早くバックパック再起動して!」
「仲埜。今一度確認する。問題はないな」
まくしたてるヒトミの耳に、今度は冷静な坂東の声が再生された。
「大丈夫ですよ! どこも怪我はありません!」
「そうか。だが、声だけ聞いていれば、気ばかり急いているようにも聞こえるな。焦るな」
「ふふん。さっきまで、取り乱していた隊長に言われたくないです」
「……聞こえていたのか……」
「聞こえてましたよ。私は仲埜瞳ですよ。私はキグルミオンですよ」
「ふん……」
坂東が鼻だけ鳴らして応えた。
「おっと、坂東くんが黙ってしまったので、僕から一つ忠告だ」
黙りこくってしまったらしい坂東に代わり、鴻池の声がヒトミの耳元で再生される。
「おやっさんさん!」
「そうだ。おやっさんさんだ。バックパックの再起動は後少しだよ。焦らず待ってくれ。それと、向こうのシャトルの大きさから、後二発はミサイルが積まれていていもおかしくない」
「……」
「まあ、聞いても止まる気はないだろうけどね」
「ええ、もちろん――」
鴻池の苦笑まじりの言葉に応えたヒトミの背中で、
「止まる気はありませんよ!」
バックパックがようやく息を吹き返して推進剤を噴き出した。
改訂 2025.10.27




