三、威風堂々! キグルミオン! 5
「ほおおぉぉぉおおおええええええぇぇぇぇぇぇええええええ!」
高音と低音を規則的に入れ替えて、ヒトミの悲鳴が円盤形の体育館のような部屋に響き渡った。
それはヒトミの体がその悲鳴を聞いている者からすれば、近づいては遠ざかっていく証拠だった。ドップラー効果だ。その効果と相まって、奇妙なリズムをヒトミは悲鳴で奏でる。
「うひいいいぃぃぃいいいひゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」
ヒトミが悲鳴が高音と低音を入れ替えて近づいては遠ざかっていくのは、彼女自身が横方向に円回転しているからだった。
ヒトミはイスに丈夫なシートベルトをされて縛り付けられていた。回転する方向にくの字に自然と体が折れ曲がる。だががっちりと縛り付けられたその体は、実際には首と足先しか曲がることを許さない。
ヒトミが身を任せているのは対重力訓練用の遠心加速器。巨大な筒状の装置が円回転することで重力を作り出す機械の中だ。
「おひょおおおおぉぉぉぉひゃああああぁぁぁぁぁああああああああ!
ヒトミは遠心力が作りだ重力の中で、おかしな悲鳴を上げながら顔を歪めてその身を回転のなすがままに任せて続けた。
「みっともない悲鳴だ……」
ヒトミがおかしな悲鳴を上げるその様子を、モニタ越しに見ていた坂東がつぶやく。
回転する巨大な円柱を見下ろす窓の向こうで、坂東は備え付けられた機器類とモニタに目を落としていた。
坂東はイスに座り様々な計器が並ぶコンソールに両ヒジを着いていた。そして両の指を組んで口元を覆い隠すように己の頭を支えている。
その目はサングラスの奥でよく見えない。口元も組んだ指に隠れていた。
「そう言う割には嬉しそう……」
そんな坂東に向かって美佳がふふんと笑う。
美佳も計器類並ぶコンソールの前に座っていた。だが自分が何か操作している訳でも、測定している訳でもないようだ。その両脇にちょこんと座ったコアラとウサギのヌイグルミが、美佳の目の前の機器まで手を伸ばして代わりに何やら慌ただしげにしていた。
「言葉通りだ。呆れている」
「初めての対G訓練……その訓練のしょっぱなからこのレベルをこなすヒトミ……おかしな悲鳴ぐらい、おまけしてやってるくせに……」
「ふん……」
坂東は美佳に振り返らずに鼻だけ鳴らした。
「あはは! 凄いわ、ヒトミちゃん!」
美佳とは反対側の席に座り、久遠がこちらはせわしなく計器類に手を伸ばしている。
「脳波、心拍数ともに基準値内! 時速三百キロの遠心力が作り出すGに、初めてでここまで耐えるなんて! 3Gなんて目じゃないわね! 打ち上げ加速の4Gに――ううん! もう一気に大気圏再突入用の6Gまで上げちゃおうかしら!」
計器類が告げる数値に、久遠がその自慢のつり目を爛々と輝かせる。坂東と違ってヒトミの素質に対する興奮を隠し切れないようだ。
「博士。構わん。Gを上げろ」
坂東が姿勢と視線を崩さず、真っ直ぐ遠心加速器を見下ろしながら短く命令する。
「隊長!」
「身体的に異常値がないのなら、全く問題ない。医学的な最終の判断は任せる。やりたまえ」
「はい! 美佳ちゃん! シークエンスを早めるわよ! ヒトミちゃんの体なら大丈夫! 打ち上げ加速用の4Gに回転上げて!」
「ぐふふ……ユカリスキーゴー!」
美佳の合図とともに、その目の前の計器にユカリスキーが横から手を延ばす。ユカリスキーはそのままツマミ状のスイッチを一つ回した。
「ふぅぅぅううううぅぅぅぅえええええぇぇぇぇえええええええええええええ!」
モニタ越しに聞こえるヒトミの悲鳴が更なる音程の高低を繰り返す。
だがそれは初めの頃よりは何処か余裕があるようにも聞こえる。悲鳴というよりは、むしろ興奮を抑え切れない叫声のようにも聞こえる。
「よし、大丈夫ね! じゃあ、一気に再突入用の6Gに上げちゃって!」
「ぐふふ……ヒトミ……覚悟……」
美佳が妖しくつぶやくと、ユカリスキーが更にスイッチを回す。
だがヒトミは今度こそ聞き間違いようのない、
「うっひひゃぁああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ! 何かこれ、楽しい!」
嬉しげな歓声をそのモニタ越しに響き渡らせた。
改訂 2025.07.30