二十、快刀乱麻! キグルミオン! 6
「……」
久遠がじっとモニタを見つめた。
そのモニタの中では今、黒猫を模したと思しき着ぐるみが横顔を見せていた。
SSS8をじっと息をひそめておっていたドローンのシャトル。そこから発進した黒猫は大きさや距離、速度の概念が掴みにくい宇宙を行く。
シャトルから離れてしまった今は尚更その距離感や大きさが掴みにくかった。
だが確実に今、SSS8の向こうを通り過ぎようとしている。
「……」
久遠はその上記ヨゥに不快げにその吊り目を細めると手元の情報端末に指を走らせ始めた。
「博士……奴らはどうやったと思う?」
情報端末に指を走らせ始めた久遠の顔を、板東がぬっと覗き込んだ。
「さぁ? でも、おそらく単純な手でしょ。大丈夫ですわ……SSS8は世界の意志によって作られた宇宙スーション。アメリカがそうであるように……こちらにだって、SSS8を使って戦う権利はあります」
「……」
「それを邪魔する権利は向こうにはありません。だとすれば向こうの自由にできる範囲内で、セコい妨害工作を仕掛けただけのはずですわ」
「そうだな……」
「それとも、これが運命だと諦めますか?」
「まさか……これが運命なら、こじ開けるまでだ……」
板東が久遠に応えながら格納庫の向こうをじっと見つめる。
「うぐぐぐぅ……」
その格納庫の中では未だ閉じたままの扉の前でヒトミがうなっていた。
「ヒトミ、うならない……」
「だって、美佳!」
美佳に指摘されて今度もいくらも振り返れない体でヒトミが振り返ろうとする。
「落ち着く……焦っても仕方がない……」
「ぐぬぬ……」
ヒトミが再びうなってハッチに向き合う。
今の状況を表すようにそのハッチは堅く閉ざされていた。
「教え子くん……」
モニタを見つめながらも指を情報端末にめまぐるしく走らせる久遠。その顔を今度は鴻池が覗き込む。
「ええ、先生……目視で分かることは、今の内にと思いまして……」
「そうだね。光学スペクトルの分析も、レーザー反射も……今の内にできることは、全てやっておこう……」
「ですわね……先生……」
「では、機械を借りるよ……」
鴻池は久遠に応えると、壁際の情報端末に手を伸ばす。伸ばすや否や、久遠に負けず劣らずの勢いで指を動かし始めた。
モニタの中では数々の数字が、現れては滝のように流れて消えていく。
「博士! まだですか?」
格納庫の方からヒトミのじれたようなくぐもった声が聞こえた。
ヒトミは格納庫の吊られたキグルミオンの身を僅かに捩って少しでも後ろを振り返ろうとしていた。
「まだよ、ヒトミちゃん」
「だって!」
「まだよ。今、サラ船長が頑張ってくれてるから」
「はい……」
ヒトミが諦めたように前を向き直した。
キグルミオンの巨体が閉ざされたままの外壁に向かう。
「桐山博士……確認したい……」
板東がモニタの中の黒猫の着ぐるみを見つめながら久遠に訊いた。
「何でしょう?」
「アレの正体だ」
「今調べてますが……おそらく、結果は火を見るより明らか……あれは、〝キグルミオン〟です……」
久遠が最後の瞬間だけ手を止めて板東に答えた。久遠の眉根が苛立たしげに痙攣するように動く。
「そうか……おやっさんも、同じ意見ですか?」
「ああ、間違いないね。全く、仏つくって、魂なんとやらだけどね」
鴻池が板東に答えながらキグルミオンの背中を見た。
ヒトミは苛立を抑え切れないのか、宇宙の無重力に任せて足を交互に振っていた。
「魂ですか……」
「そうだったよ。ああ、そうだね……それは仲埜くんに、先に言われちゃってたね……やれやれ、語彙が少ないのは、笑わないでおくれよ」
鴻池が苦笑いを浮かべながら板東に振り返る。
「お待たせ! 分かったわよ、ミズ・久遠!」
その時天井から機械翻訳された女性の声が不意に再生された。
「サラ船長!」
板東が誰よりも速くその声に反応して天井を見上げる。
「バンドー! お待たせ! もう、腹立つわよ! 調べて見れば、実に単純! アメリカから、あらゆる機器の使用指令がその近くに送られているわ! 全て正当なルートでね! 彼らは単に、そこが緊急事態になった時に、局地的にブレーカーが落ちるようにしてただけだわ!」
「分かった! 博士!」
板東が天井に向かって応えて振り返ると、
「美佳ちゃん! キグルミオン、発進シークエンス再開!」
その横では久遠が既に指示を飛ばしていた。
「了解!」
美佳が珍しく声を張り上げて応えると、
「ええっ! ブレーカーが落ちるんですよ? 結局開かないんじゃないんですか?」
格納庫の方からヒトミの素っ頓狂な声が聞こえて来た。
「大丈夫よ、ヒトミちゃん! こっちの計算では、電力不足でも、ロックまでは開くはず!」
久遠が情報端末に指を走らせながら告げると、
「――ッ!」
その声に背中を打たれたようにヒトミが両手を跳ね上げた。
「キグルミオン! 発進! ハッチをこじ開けろ!」
そして板東がそう命じるや否や、
「おりゃあああぁぁぁぁっ!」
ヒトミは既に両手でハッチをこじ開けていた。