二十、快刀乱麻! キグルミオン! 5
「権限が奪われただと! どうした? 盗まれたか!」
坂東が美佳に一歩詰めるように近づこうとしてか、その身を前に乗り出した。実際には宇宙でのその行為は、坂東の身を縦方向に揺らすだけだった。
腰を中心に回りかけた身を、坂東が慌てて持ち直そうとする。つま先を反射的に振り上げて、上半身を元に戻した。坂東は拍車が鳴るような音を立てながら、何とかその身を持ち直す。
無意味な行為が思わず出た程、坂東は焦ったらしい。
「それが……」
坂東に再び答えよとして、美佳が言葉を詰まらせる。
それは意図して黙り込んだ訳ではなく、思わずノドの奥で息を呑んでしまったからだった。美佳がノドを軽く鳴らすと、そのまま続く言葉も呑み込んでしまう。
その美佳の頭上では未だ警報が鳴り続け、その頬を警告灯が赤い明滅で照らしていた。美佳の言葉と表情は、その警報と警告灯の勢いに呑まれるように消えていく。
「ゴメン、バンドー……」
言い淀んだ美佳に代わって、機械翻訳の音声が流れた。発言者の性別を示しているのか、それは女性の声色だった。
「サラ船長か?」
坂東が天井辺りを見上げた。そこにあるスピーカを、それが音を出す機械だというのに、坂東は睨みつけながら見上げる。
「こちらでも確認したわ……SSS8の権限を、一部奪われたみたい……SSS8の運営権限レベルでの話よ……」
サラの声が機械翻訳で再生される。途中で途切れ途切れになるのは、サラが言い淀んでいるからのようだ。機械翻訳故にきっちりとした音声が、サラが言い淀む時だけ途中で途切れた。
「奪われたとは、心外な。正式な権限を、こちらが行使したまでだ」
こちらは迷いもなく翻訳された声が、男性の声色で再生される。
「君に、我々の出撃の権利を、左右する権限などない」
鴻池が坂東に習ったかのように天井を睨みつける。
「確かに。別に我々は、出撃するな――などとは言っていない。ただ、譲ってもらうと言っただけだ。我々のスージーの初陣にな」
「何? もったいぶるな……相変わらず、声だけでもイヤミな男だ、君は……」
「そうかね。サラ船長殿。確認する。我々はアメリカは、何もイリーガルなことはしていない。そうだね」
「え、ええ……今のところ……何も違法なアラートは……」
「『今のところ』とは、心外な。どこにもイリーガルなところはない。まあ、いい。だが、日本側だけに肩を持つのはやめてもらおう。そこはSSS8。全人類の希望の船。そして何より、アメリカこそが最大の出資国の施設。何、だからひいきしろとは言っていない。ただ我々の権利は、当然行使させていただく。我々の自由を、故なく妨害するのはやめてもらおう」
「今は、その全人類の危機だよ。何故、我々の足止めをする?」
鴻池が宇宙では漕いでも進まない足をねもどかしげに動かしながら訊いた。
「まあ、見ていたまえ、鴻池博士。そこで指をくわえてな。我がスージーが、宇宙怪獣を見事撃退してみせることろを」
「正義は我にありかい?」
「違うな。我々が正義だ」
機械翻訳された音声がそこで不意に途切れる。
それと同時に格納庫と司令室を機械的な衝突音が襲った。それは何か金属質なものがかみ合ったような音だった。その金属音とともに司令室と格納庫を瞬かせていた警告灯が消え、警報も鳴り止む。
「ハッチのロックがかかりました……ハッチが開かなかった為、緊急作動した模様……」
美佳が司令室から格納庫の奥をのぞき込みながら報告する。
「……」
誰も美佳に応えなかった。
警報も警告灯も消え、全てが沈黙に呑み込まれる。
「……」
中でも久遠は、一人何事か考えるようにじっとその閉じたままのハッチを見つめていた。
「く……」
坂東がようやく悔しげに呻いた。怒りのぶつけどころがないのか、その手元では震える程拳が強く握られていた。
「どうするんですか? もう、宇宙怪獣が来るですよね!」
格納庫のハッチまでぶら下がったままのキグルミオンの中から、ヒトミの焦ったようなくぐもった声が響いた。
「落ち着いて、ヒトミ……」
「だって、美佳! あんな人形に、宇宙怪獣が倒せる訳ないよ!」
「それでも落ち着く、ヒトミ……」
「そうだ、仲埜。ひとまず落ち着け」
「隊長も!」
宙にぶら下がったままでキグルミオンがもどかしげに身じろぎした。
「落ち着け! まずは状況を確認する!」
「どうするね、坂東くん?」
鴻池が坂東の顔をのぞき込む。
「……」
坂東が答えを探すように眉間に、シワを寄せて渋い顔を作り出すと、
「サラ、船長。久遠よ。そちらで分かっている状況を、教えくれないかしら」
ずっと一人沈黙をしていた久遠が、坂東に代わって口を開く。
「オッケー、ミズ・久遠。状況って? どの辺りかしら?」
「私達の出撃する権利を、左右する権利は彼らにはない。でも実際彼らは、我々の邪魔に成功している。どこか真っ当ではない――ううん。真っ直ぐじゃないやり方で、邪魔してるんじゃないかな?」
「久遠さん……」
何か確信を持って話しているらしき久遠に、キグルミオンが期待を込めて振り返る。
「なるほど、ミズ・久遠……彼らは、あなた達の出撃を、正式に止めたのではなく……」
「単にアクシデントとして、我々の足を止めている――そんな感じかしら、サラ船長」
「オッケー! 皆! 全システムをチェック! これは肩入れじゃないからね! 向こうが出撃してるんだもの! こっちもキグルミオンを発進させるわよ! こっちの自由と平等の為にね!」
「……」
久遠がサラの声に耳を傾けながら、そして自らの頭の中をのぞくかのように、アゴに手を添えてそのアゴを引く。
「どういうことだ、桐山博士?」
坂東がそんな久遠の顔をのぞき込む。
「どうもこうも――誰にも、我々の行く末を阻む権利はないということですわ」
久遠が坂東に振り返る微笑みながら答えると、
「ミズ・久遠! 分かったわ!」
機械翻訳されていていも分かるサラの元気な声が頭上で再生された。
改訂 2025.10.25




